臨床講座の百年

1916年の勅令第164号によって、病理学・病理解剖学1講座,衛生学1講座,内科学2講座,外科学2講座,産科学・婦人科学1講座及び精神病学1講座が設置され、翌年1917年の勅令第137号によって、内科学1講座,外科学1講座,法医学1講座,小児科学1講座,眼科学1講座,皮膚病学・黴毒学1講座及び耳鼻咽喉科学1講座が増設されました。現在への伝統を受け継ぐ講座の先生がたに、講座の歴史とこれからの展望をうかがいました。

患者さんの治癒力を信じること

下川 宏明|循環器内科学分野 教授

これまでの歴史で、数多くの優秀な人材を輩出してきた循環器内科学分野(旧第一内科)。「循環」をキーワードに広い領域において基礎・臨床の両方で多大な成果を上げてきました。六代目教授である下川宏明教授に、研究室の歴史と先生ご自身の歩み、今後の展望について伺いました。

体の中の循環をキーワードに

東北大学第一内科は、1916年(大正5年)に初代の熊谷岱蔵先生が東北帝国大学医科大学の第一内科教授に就任されて、2016年に100周年を迎えました。基礎医学教室9教室と臨床医学教室8教室が設置されたうち、臨床8教室の一つとしてスタートしました。二代目が大里俊吾先生で、三代目が中村隆先生、四代目が瀧嶋任先生、五代目が白土邦男先生と続きました。私は2005年(平成17年)に第六代目の循環器内科の教授として赴任して、現在に至ります。
 初代の熊谷先生は、膵臓内分泌の研究や結核に関する研究をされ、二代目の大里先生は遺伝学的アプローチの研究、三代目の中村先生は結核の栄養学の研究などをされました。四代目の瀧嶋先生の時代には、循環をキーワードに、冠循環・脳循環・肺循環・肝循環と幅広く多くの研究をされました。瀧嶋先生のご専門は呼吸器疾患でしたが、広く循環器疾患も研究されました。五代目の白土先生は、心臓カテーテルによる血行動態の解析や治療、肺循環の研究などをされ、そして、私がそれらの伝統を引き継いだ形になるわけです。
 初代の熊谷先生のご実績は大変大きく、病院長を務められた後、第七代の東北帝国大学の総長に就任され、東北大学の多くの研究所を次々と創設されて、本学の基礎になるような基盤形成をされました。いわば、旧第一内科は東北大の屋台骨を支える臨床教室の一つとして発展してきたといえるでしょう。

循環に魅せられて

私が医学を志したきっかけは2つあります。一つは、私が小学校の低学年の時、父方の祖父が脳卒中で自宅で寝たきりで養生していました。どうしてじいちゃんは寝たきりなのと両親に聞いたら、脳の血管が詰まったというふうに説明を受けて、非常に衝撃を受けました。血管というのは詰まったり破れたりするんだと。もう一つは昭和53年の福岡大渇水の体験です。当時私は九州大学医学部の6年生で、卒業後の進路を決める必要がありました(その当時は現在のような研修制度はなく、卒業後は直接入局制度でした)。1日のうちの給水時間が2時間しかなく、蛇口をひねっても水が出てきません。とにかく、電気・ガス・水道、そういうようなパイプラインがしっかりしていないと日常生活が麻痺してしまう訳です。一つ一つの家が人体を構成する細胞というふうに考えると、やはり循環系が機能していないと話にならないと思ったんですね。もともと幼少期から循環にプライミングされていましたので、この福岡大渇水での経験がきっかけとなって、心臓が関係する循環器内科に行こうと決めました。卒業後は、1年間は九大の第一内科と第三内科を回って一般内科の研修、2年目は循環器内科で研修して、3年目から研究室に入りました。そこでの研究テーマで、ミニブタを用いてヒトに酷似した冠攣縮(スパズム)が誘発される動物モデルを世界で初めて作成することに成功して、幸いなことにサイエンス誌に論文を発表することができました。

研究の4つの柱

 現在、当科の研究には大きく4本の柱があります。一つ目は冠攣縮や微小血管狭心症などの虚血性心疾患に関する研究で、私の学位研究時代から現在まで35年以上取り組んでいるテーマです。日本人には冠攣縮が多いことが知られています。また、現在冠動脈ステント治療が世界中で広く用いられていますが、ステント留置部の近位部と遠位部の冠攣縮が起こりやすくなります。狭心症の患者さんにステント治療をして、一般的にはそれで治ったと思われているかもしれませんが、実は3割ぐらいの患者さんにはまだ胸痛が残存しています。この原因として、冠攣縮が大きく関与しています。我々は、冠攣縮の分子機構として平滑筋の分子スイッチの役割を果たしているRho-kinaseの発現や活性の亢進が冠攣縮の中心的な分子機構であることを世界に先駆けて解明しました。また、冠攣縮が生じる冠動脈の外膜には種々の炎症性病変が形成されており、それがRho-kinaseの発現や活性の亢進を惹起することを明らかにしました。作用機序が十分分からないまま脳血管攣縮に臨床応用されていたファスジルという薬剤が実は選択的Rho-kinase阻害薬として作用していたことを我々は解明し、今後、難治性冠攣縮に対してファスジルの適応を広げる臨床治験を準備中です。
2番目は血管内皮機能の研究で、米国留学時代から開始し、以来30年程取り組んでいるテーマです。血管内皮は、内皮由来弛緩因子(EDRF)と総称される血管拡張物質を産生・遊離して血管機能の恒常性を維持するという極めて重要な役割を果たしています。EDRFには主として3種類あり、発見順に、prostaglandin I2 (PGI2)、一酸化窒素(NO)、そして血管平滑筋を過分極させて弛緩させる内皮由来過分極因子(EDHF)があります。EDHFの本体に関しては諸説ありますが、我々は世界に先駆けてその本体(の一つ)が内皮から生理的濃度で産生・遊離される過酸化水素であることを同定しました。現在では、我々の治験は世界中で広く支持されています。PGI2(1982)と一酸化窒素(1998)の同定にはノーベル賞が授与されていますので、この分野の研究がいかに重要であるかが理解してもらえると思います。
3番目は先端医療開発研究で、2001年以来17年程取り組んでいます。人口の高齢化や生活習慣の欧米化に伴い、ステント治療やバイパス手術が適応できない程重症の狭心症の患者さんが増加してきています。これらの患者さんの冠動脈を再生させるべく現在細胞治療などが研究されていますが、臨床応用には程遠いのが現状です。これらの重症狭心症の患者さんは高齢で体力が落ちている方も多く、私は、何とか体への負担の少ない非(低)侵襲性の治療が開発できないかと考えていました。この目的のため音波を用いることを着想し、2001年にまず研究に着手したのが低出力体外衝撃波治療です。基礎研究の結果、結石破砕治療のちょうど10%の非常に弱い出力の衝撃波(手に当ててもほとんど感じない程度)に優秀な血管新生作用があることを発見し、臨床研究を経て、2010年に国の先進医療として承認されました。現在、世界25ヶ国で約1万人の患者さんに使用され、有効性と安全性が報告されるまでに普及しました。東北大学病院では、いくつかの診療科がこの治療法に関心を示していただき、様々な基礎的・臨床的検討が行われました。興味深いことに、この低出力体外衝撃波治療法はその局所の組織が必要としているものだけを再生させることが分かってきています。例えば、虚血心筋であれば血管が再生し、リンパ浮腫の組織であればリンパ管が再生してきます。また、その組織が必要とする血管やリンパ管が再生するとそこで反応は停止しますし、正常組織は反応しません。この治療法は自己修復能力を活性化させる再生療法ですので、勿論、拒絶反応は起こりません。この低出力体外衝撃波治療は、下肢の閉塞性動脈硬化症やリンパ浮腫、膠原病性手指潰瘍、難治性皮膚潰瘍など多くの適応拡大が現在検討されています。我々は、その後、ある特殊な条件の超音波にも低出力体外衝撃波と同様の血管新生作用があることを見出し、狭心症の動物モデル(ブタ)で有効性と安全性を確認した後、現在、私が研究代表者になり、全国10施設で医師主導の臨床治験を実施中です。
4番目が疫学研究で、私が東北大に赴任してから開始しました。まず、東北慢性心不全登録(CHART研究)として、関連病院の協力を得て、東北地方で慢性心不全の患者さんとその予備群の患者さん合計1万人を登録しました。この心不全のコホート研究はわが国で最大規模ですし、世界でも最大級のコホート研究です。このCHART研究からわが国の慢性心不全診療に関する多くのエビデンスが得られており、国内外に発信しています。次に、日本人に多い冠攣縮のエビデンスを構築する目的で私が代表世話人になり2006年に冠攣縮研究会を立ち上げました。現在、全国の75施設が参加していただいて活発に活動しています。さらに海外の冠攣縮に関心のある7施設が参加して国際共同研究チームを組織して活発に活動しています。また、私の二代前の瀧嶋先生が1979年に創設された宮城県心筋梗塞対策協議会があり、私が3代目の会長を仰せつかっています。宮城県下で発生する心筋梗塞症例を前向きに全例登録しています。都道府県単位で心筋梗塞のコホート研究を行っているところは宮城県以外にはなく、全国的にも重要な疫学研究になっています。  以上の4本の柱の研究ともいろいろな新しい知見が次々と出てきており、世界的に注目されています。その一つの表れとして、毎年、多くの教室員が国内外の学会賞を受賞しています。当科では、次世代のわが国の循環器病学・循環器診療をリードする多くの人材が育ちつつあることを大変嬉しく思います

世の中の役に立つような診断技術・治療技術の開発を

臨床の現場に近い研究者としては、世の中の役に立つような診断技術・治療技術を開発したいと考えています。そういった意味では、いまお話しした3番目の音波を使った非侵襲性治療の開発は重要だと思います。病気の治療として、その患者さんが本来持っている治癒力を上げる、まだ使い切っていない自己修復能力を上手に活性化する治療法こそ、われわれが目指すべきものだと思います。

[ Interview, Text:医学系研究科広報室 2017.3]

下川 宏明

東北大学大学院医学系研究科循環器内科学分教授

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