百周年記念対談

東北大学医学部開設百周年を迎えるにあたり、記念事業の一環として百周年記念式典がとり行われ、また、次世代の女性リーダー育成を目的として女子大学院生奨励賞七星賞(ななせしょう)が設置されました。これまでの東北大学医学部の伝統と今後のビジョンについて、キーパーソンに対談していただきました。

医学部開設百周年記念ホール(星陵オーディトリアム)にて

医学部開設百周年インタビュー

医学部開設百周年を迎えて —過去・現在・そして未来—

医学部開設百周年について、事業のキーマンである下瀬川徹研究科長、下川宏明医学部開設百周年準備委員会委員長に、東北大学医学部の過去・現在・そして未来について話を伺いました。

歴史的な歩み

下川委員長(以下 下川):東北大学は開学当初から、研究第一主義、実学尊重、そして門戸開放の三つの理念を掲げていますが、百年を経て非常によい循環ができているなと感じますね。

下瀬川研究科長(以下 下瀬川):医学部で言えば、1915年に医科大学が設置された時に、それまであった医学専門部を廃止して、教授陣は一新し、国から指定された教官が全国のトップクラスの大学から集められ開学しました。広く優秀な教師陣、人材を集めて最高水準の教育をするという歴史からはじまります。門戸開放の精神ですね。
研究第一主義と実学尊重に関しては、医学部の場合、基礎研究と臨床にあたりますが、研究への探究心、つまりリサーチマインドを持った医師、科学者でもあり医師でもあるフィジシャン•サイエンティストを育成することが基本にあります。東北大学医学部は、単なる臨床医ではなくて、研究心・探究心をもっているような医師を育成する伝統を生み出してきたと思います。
基礎研究を見ると、他の大学に比べると堅実な研究が多くて、決して派手ではないけれども大事なことをしっかりとやるというのが東北大学医学部の伝統と感じます。派手ではない、というとオリジナリティがないのではという誤解が生じるかもしれませんが、そうではなくて、地道に研究している中で生まれる独創性を大事にしているということです。石田名香雄先生のセンダイウイルスなどは世界に発信してきた大きな業績ですし、本川弘一先生の脳波も実学といったことかもしれないけれども地道な研究ですね。葛西森夫先生の葛西術式も真剣に研究へ取り組んだ中から生まれた独創性ではないかなと思います。

現代へ受け継がれる伝統

下川:研究第一主義に関しては、やはり学部時代から学生に研究の大切さ、楽しさを教えてきているので、初期研修として学外に出て行った卒業生も、大学院生として帰ってくるという循環が生まれていて帰学率が非常に高く、大学院生の充足率がほとんど100%です。そういった面も東北大学医学部の特徴ですね。

下瀬川:実学尊重という点では、東北大学は工学・理学が強いので、特に工学と医学を結びつけた医工学研究科を全国に先駆けて一つの部局として立ち上げています。その流れで東北大学病院も医療法上の中核病院に選定されるような臨床研究推進センター(CRIETO)*1が実現するなど大きく発展してきました。それを支える部局横断的なメディカルサイエンス実用化推進委員会も、他の大学にはなかなかできないいろんな部局や研究所が垣根をこえてすぐに集まってつくれた。伝統的な実学尊重の精神によって、部局間の連携が働いているからだと思います。

下川:私は今、CRIETOのセンター長をしていますが、やはり東北大学は産学連携を行いやすい非常にいい環境が整っていると感じますね。医学部と特に工学系の連携が非常に密ですし、実際に二番手が出てこないくらい独創性な機構だと感じます。現在約500名の中心的な研究者が登録していますけど、常にE-メールで情報を共有していますし、定期的に顔を会わせるので、その中からどんどん新しいシーズが生まれてきています。例えば金属材料研究所とか流体科学研究所とか、そのような基礎的研究所からもどんどん入ってくる。学内の先生達が、自分たちの研究がこちらに繋げば患者さんに応用できる研究になりうるという道筋があるとご存じなので、今、このサイクルが非常にうまくいっています。

東北地方の医療:東日本大震災を経て

下瀬川:東北帝国大学に医科大学ができたのが1915年(大正4年)ですが、東北地方の他の大学をみると、現在の岩手医科大学が岩手医学専門学校として創立されたのが1928年、岩手医科大学になったのが1947年。当時それ以外の大学は全部医学専門学校だった。つまり、近代化の初期は東北地方の医療を東北大学が支えてきたということです。それが現在にも影響していて、青森県、秋田県、山形県、福島県と広い範囲の基幹病院に医師を多数派遣しており、地域医療を支えているという、百年間の伝統に繋がっています。

下川:私は九州大学の出身ですが、11年前に東北大学に赴任してきた時の最初の印象は、人のまとまりがとてもいいなということを感じました。もちろんそれぞれ個性もありますが、まとまるべき時には個性を押さえて、我を押さえてまとまるというのが、東北地方の人たちの強みですね。

下瀬川:4年前に東日本大震災があって宮城県や岩手県などの沿岸部の医療が大きな打撃を受けました。あのときに地域医療の基幹病院との間に長い歴史によって築かれた良い関係と東北の気質があったから、そのつながりでまとまりが良く沿岸部の支援ができた。これまでなんとか被災地の医療を支えてこられた大きな要因ではないかなと思います。

下川:CRIETOの中に東北トランスレーショナルリサーチ拠点形成ネットワーク(TTN)という、東北六県の大学を1つのネットワークとして、新しい医療技術の開発に努め、東北発の先端医療を世界に発信するという取り組みがありますが、この取り組みも手応えを感じています。現代では地域とのネットワークを、ということが重要視される中で、このような取り組みを他の地域でもやろうという動きがありますが、やってみてどうもうまくいかないという声をよく聞きます。東北大学の取り組みが実際にうまく機能している要因には、東北人の団結力があると思いますね。

これからの百年。医学教育の方向性

下瀬川:これからは生き残りの時代、つまり日本がどれだけ世界にアピールできるかという時代になってくると思います。医学部に関してはまず、新設医学部・東北医科薬科大学の設置が大きなトピックに挙げられます。これまで東北地方の医療をリードしてきた重い歴史があるからこそ連携していかないといけないですね。これまでは宮城県の中で、唯一の医学部だったけれども、もう一つ医学部が新設されることで地域医療に関しては連携してうまく役割分担していけば、むしろこれまで以上に手厚くやっていけるだろうと考えています。地域医療の伝統は大事にしないといけないけれども、これから百年先の未来を考えると、軸足を少し研究の方に移して、世界にどんどん新しい成果を出していけるような大学医学部にしていかなければと思っています。研究力のよりいっそうの向上と、それを支える研究者、あるいは医療面でも臨床に役立つようなものを開発できるような医療人を育てていくような大学に発展していく必要があると思います。

下川:同じ患者さんを診るにしても研究の経験がある医師と、そうでない医師とでは病態を診る眼というか、「深さ」が大きく違うことは現場で特に感じます。若いうちに研究の経験を積むということが非常に大事ですね。

下瀬川:しっかりした基礎が身についていないと応用は出来ない。だから東北大学の医学研究が、臨床で貢献し発展していくためには基礎力が充実していなくてならないと思います。臨床に関してはだいぶ出来上がってきているので、さらに発展させるよう力をいれていきたいのですが、基礎の方がやや遅れているような印象があります。それをなんとかして高めていきたい。私の研究科長としてのミッションだと思っています。

下川:門戸開放という意味では、東北大学は日本で初めて女子学生を受け入れた国立大学です。百周年を迎えて、新たな取り組みも準備していますね。

下瀬川:1913年(大正2年)、東北大学は三人の女性を入学させました。三人とも非常な秀才で、日本女子大学や今のお茶の水大学で教鞭をとるような方々を生み出した、女性の研究者育成に関して長年の歴史があって、日本の中では先進的な大学です。こういった流れの中で百年目にして今年、青木洋子先生が本学出身者の女性としては医学部医学科教授に初めて就任されました。医学研究者の中で女性教授も増えてきていますし、女性研究者に対してもモチベーションを与え、また、女性ゆえの悩みを解決するような環境をつくる必要があると考えています。その中で百周年を記念して女子大学院生奨励賞を立ち上げました。大隅典子先生、朝倉京子先生の働きかけでタイミングよく実現したので、これを機会に東北大学医学部の中でもすぐれた女性研究者が増えて、大きな力になって欲しいと願っております。

グローバルな大学間競争

下川:国際化に関してですが、まず、大内憲明前研究科長が推進され、今は押谷仁先生が中心となって運営されている国際交流支援室の活動が挙げられます。また、大内前研究科長がアメリカ国立保健研究所(NIH)と国際シンポジウムNIH-Tohoku-JAPAN-JSPS Symposiumを始められました。今年は東北大学・東京大学・大阪大学がスタンフォード大学と組んで、特に医療機器を中心として連携を深めて、そして人材育成もするジャパンバイオデザインも10月から始まりました。

下瀬川:医学科の学生へ向けた基礎医学修練と高次修練時に海外で短期研修を経験する取り組みがありますが、参加者は既に目標の50名を超えて56名にのぼります。海外からの受け入れ留学生に関しても80名近くを受け入れており、成功していると思います。今後は、海外から質の高い留学生、特にアジアから質の高い留学生を受け入れる仕組みを造っていくことが必要になってくると思います。優秀なアジアの学生を東北大学に招待し研修するさくらサイエンスプランは毎年人気が高くて、この参加者の中から東北大学大学院に入学するような優秀な学生が集まってくれることを期待しています。
それから、欧米とはダブルティグリー制度を今進めています。一つは大隅先生が参画したダブルティグリー制度によって国立応用科学院リヨン校と共同で研究会を開いていますし、谷内一彦先生もマーストリヒト大学と連携し、交換で学生が東北大学に来たり、あるいは東北大学の学生がオランダやフランスに行って研究をするといった自由な人事交流が出来ています。こういった取組みをさらに広げていくことが大切です。
これから期待している取り組みに東北大学が全学研究の大きな柱として、国際共同大学院をつくろうという計画があります。この大学院は相当レベルが高いものになると思います。これを利用して海外にどんどん日本の若手研究者を送り出していきたい。あるいは海外から受け入れて研究を展開する仕組みが、これから東北大学の中で大きな経済的支援を受けながら構築されていくことになります。医学部としても積極的に協力•参加して、国際化の大きなきっかけにしたいですね。

次世代への継承 —生命の未来へ—

下川:今、下瀬川先生と一緒にビッグデータメディシンの取り組み始めようとしています。ビッグデータとは最近よく耳にするキーワードですが、まだ医療分野でははっきりとした道筋をつけて動き出している大学はありません。CRIETOに次いで東北大学の進むべき研究の方向ではないかと思い、人材育成も含めて立ち上げに動いています。

下瀬川:ビッグデータメディシンセンターというのは東北メディカル・メガバンク機構が星陵地区、そして東北大学の中で大きな力を発揮していくための大切な組織です。ここに備わる、患者さんデータのバンキング機能・解析機能が、プロスペクティブな試験とかランダム化比較試験などと直結すると、ものすごく良いデータが生まれ出てくるのです。さらに、治療開発、薬の開発だけではなくて病気の予防や、オーダーメイド医療そういったものに展開していくと思います。ビッグデータメディシンがおそらく今後メガバンクと病院、医学系研究科、あるいは歯学部、加齢研、星陵地区全体を結びつけるアカデミアの大きなキーポイントになってくると思っているので是非、成功させ、次世代へ受け継いでいきたいですね。


*1東北大学病院臨床研究推進センター(CRIETO) http://www.crieto.hosp.tohoku.ac.jp/
ライフサイエンス系の研究開発において、基礎研究から橋渡し研究、さらに臨床研究・治験への切れ目のない開発支援を行うことにより、研究成果の実用化を目指して設立されたセンター。

下瀬川 徹
医学系研究科研究科長・医学部長。東北大学医学部卒業、同附属病院第三内科入局。米国オクラホマ州立大学医学部、米国イリノイ州立大学医学部等を経て、東北大学大学院医学系研究科教授に就任。2012年4月から 2015年3月まで病院長を務め、2015年4月より現職。専門は消化器全般。

下川 宏明
医学系研究科循環器内科学分野教授。医学部開設百周年準備委員会委員長。九州大学医学部卒業。同大学院助教授を経て2005年より現職。2013年より東北大学病院臨床研究推進センター長。


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