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平成28年度医学部奨学賞受賞者について

金賞

東北大学病院 神経内科 講師 長谷川 隆文

パーキンソン病の分子病態研究と早期診断・進行抑制療法の開発


パーキンソン病(PD)はアルツハイマー病に次いで頻度の高い神経変性疾患であり、その病態解明と根治療法の確立は全世界的な重要課題である。PDの病理学的指標としては、中脳黒質のドパミン神経脱落と、線維化したαシヌクレイン(αS)蛋白を主要構成成分とするLewy小体出現が知られている。これまでの研究から、αSをコードするSNCA遺伝子異常がαSの凝集化を促進しPDの表現型をもたらすこと、異常凝集したαSがミトコンドリア障害、酸化的ストレス、細胞・オルガネラ膜障害など複数の機序により細胞傷害性を惹起することが明らかとなっている。さらに近年、線維化αSが神経細胞間を伝播し神経変性を拡大させるという病態仮説(プリオノイド仮説)が提唱され、新たな病態パラダイムとして注目を集めている。現行のPD治療は、ドパミン補充療法を主体とした対処療法であるが、残念ながらその効果には限界がある。多くの患者は進行とともに運動合併症やドパ不応性の運動・非運動症状に直面し、認知症を併発した場合の余命は5年前後と推定されている。故に、神経変性の鍵となるαS病理拡大を標的とした進行抑制治療の開発が強く求められている。我々はプリオノイド仮説の背景病態に早くから着目し、αSの吸収・分泌・分解に関与する小胞輸送経路を詳細に渡り明らかにしてきた。この過程で神経細胞内へのαS取込みにダイナミン依存性エンドサイトーシスが関与すること、またダイナミン阻害活性を有する抗うつ薬の一種セルトラリンがαS取込みを低減させることを報告した。これらの予備的知見を基に、動物モデルを用いた治療効果検証を行い、PDをはじめとするシヌクレイノパチーの進行抑制治療開発を目指している。さらに将来の疾患修飾療法の対象患者絞り込みや治療効果判定に不可欠となる診断サロゲートマーカーとして、アミロイドPETイメージングを用いた凝集蛋白のin vivoイメージングにも先駆的な取り組みを行っている。

金賞

東北大学病院 血液免疫科 講師 藤原 亨

赤血球分化の制御因子とその異常による疾患の解明


赤血球は、白血球及び血小板と共通の起源である造血幹細胞から分化しますが、その制御には転写因子GATA-2、GATA-1及びヘムが重要な役割を果たしております。張替秀郎教授の指導の下、当グループではこれらの制御因子の生理的役割及びその異常による疾患についての解析を行い、以下の点を明らかとしました。
 @GATA-2は造血幹細胞から前駆細胞において重要な役割を果たす転写因子ですが、造血細胞を支持する造血微小環境の機能においても本因子が重要であることを報告しました。また、GATA-2の先天性変異により発症するMonoMAC症候群における特徴的な臨床所見である樹状細胞欠損の機序を明らかとし、さらに患者検体を用いた全ゲノムシークエンス解析を通じ、同症候群に高頻度に合併する白血病発症に関わる分子メカニズムの解明を行いました。
 AGATA-1は赤芽球分化に必須の転写因子です。さらにGATA-1はSCL/TAL1、LMO2、LDB1、ETO2などの転写因子もしくは共役因子と複合体を形成しておりますが、この中でETO2が、GATA-1を介した赤血球系関連遺伝子の転写抑制に深く関わる点、LMO2はGATA-1-SCL/TAL1複合体の安定性に寄与する可能性を明らかとしました。
 B赤芽球におけるヘムはヘモグロビンの構成因子としての役割だけでなく、ヘム自体も遺伝子の発現制御に深く関わることが知られております。ヘム合成に関わる遺伝子の異常により鉄芽球性貧血を発症することが知られておりますが、本疾患は希少疾患であるため全国規模の調査研究を行いました。その結果、原因遺伝子で最も多いのは赤芽球ヘム合成の律速段階酵素であるALAS2遺伝子の変異であることを明らかとしました。本疾患に対してはALAS2の補酵素であるビタミンB6の補充が約半数で有効ですが、無効例に対する新規治療法として5-ALAの補充が有用である可能性も報告しております。


金賞

東北大学大学院薬学研究科 臨床薬学分野 准教授 橋 信行
妊娠高血圧腎症の新規薬物治療


本研究では、水溶性ビタミンであるニコチンアミドが、妊娠高血圧腎症、および、それに伴う流産・早産・胎児発育障害を改善する初の薬であることをマウスモデルを用いて明らかにした。妊娠高血圧腎症は妊娠によって高血圧と蛋白尿を認める疾患で、急速な悪化により、脳出血等による母体死亡や児の死亡をもたらす危険がある。妊娠高血圧腎症は出産年齢上昇などにより増加の一途をたどっており、本邦でも毎年約2万人の患者がいる。また、妊娠高血圧腎症は、将来の心血管合併症発症のリスク因子であり、その有効な治療の確立が急務である。降圧薬には胎児の発育を障害するため、妊婦に禁忌とされているものが多く、妊婦に投与可能な降圧薬は母体死を予防するが、血管内皮障害による血管内腔の狭小化を回復しない。そのため、母体降圧が胎児への血流を減少させ、胎児の発育・生命に悪影響を及ぼすことが少なくない。母児救命のために、妊娠を中止し、分娩を行うが、この治療は未熟児出産の原因となっている。そこで、母体高血圧のみならず、妊娠の維持・胎児発育を改善する薬が長年待ち望まれてきた。我々は、強力な血管収縮物質であるエンドテリンが妊娠高血圧腎症を悪化することを明らかにしたが、エンドテリン阻害は胎児に奇形をもたらすため、妊婦に禁忌である。我々はニコチンアミドが、エンドテリンによる血管収縮を抑制すること、妊娠高血圧腎症・胎児発育障害の原因となるストレスを低下させること、催奇形性や発癌性がないことに着目した。本研究から、ニコチンアミドは、ヒト妊娠高血圧腎症と酷似したマウスモデルにおいて、高血圧、蛋白尿、血管内皮障害、および、それに伴う流産・早産・胎児発育障害をすべて改善するはじめての薬であることが明らかとなった。ニコチンアミドは、ヒト妊娠高血圧腎症患者においても母児の救命・児の発育に福音をもたらすと期待される。


銀賞

東北大学病院 循環器内科 特任講師 後岡 広太郎
左室駆出率が保持された心不全に対する有効な治療戦略の探索:大規模観察研究CHART-2 Studyからの知見


心不全は左室駆出率が低下し発症する(Heart Failure with reduced Ejection Fraction:以下HFrEF)と考えられてきましたが、近年左室駆出率が保持されているにも関わらず心不全を発症する患者さん(Heart Failure with preserved Ejection Fraction:HFpEF)が日本社会の超高齢化に伴い増加していることが知られています。HFpEFの予後はHFrEFと同じく不良であり、HHrEFに対して有効なレニンアンジオテンシン系阻害薬やβ遮断薬などの薬物はHFpEFに対して有効性が示されておらずHFpEFに対する有効な薬物探索が必要です。
 本研究は東北大学が関連23施設と協力して慢性心不全およびそのハイリスク患者10,219症例を登録した慢性心不全の大規模前向き観察研究であるCHART-2研究に登録されたHFpEF症例3,124例(平均年齢69歳、男性65%)を対象にスタチン内服と予後との関連を調べた研究です。Propensity score matching法とInverse probability of treatment weighted法を用いて患者背景やバイアスを調整し、スタチン内服と全死亡・心不全増悪入院・死因との関連を調べました。観察期間の中央値は3.4年で、スタチン内服は予後良好と有意な関連を認めました。死因においては突然死と感染症死がスタチン内服と予後良好に有意な関連を認めました。一方でCHART-2研究に登録されたHFrEF1,420例においてスタチンと予後には有意な関連を認めませんでした。既に海外の大規模臨床試験においてHFrEF症例ではスタチン内服による予後改善効果は認めませんでしたが、同じ結果を示唆する所見を確認しました。
 本研究はスタチンの使用がHFpEF症例における突然死と非心臓死を中心とした全死亡の減少と関連すること等を明らかにしましたが、今後はHFpEF患者に対するスタチンの有効性を検討するため大規模臨床介入研究が必要と思われます。最後に、今回の受賞に対してご指導頂きましたCHART-2研究の主任研究者である下川宏明教授はじめCHART-2研究の母体である東北心不全協議会の皆様、循環器内科医局の皆様に深謝申し上げます。