東北大と出会って13年

細胞増殖制御分野
中山 啓子 教授

研究のルーツ

東北大へ赴任するまで、そして東北大での生活を少し振り返ってみたいと思います。
私は、小学生の頃から算数が得意で社会科はどうしても好きになれない子供でした。社会科(特に地理や歴史)に全く面白さを感じられなかったから、そしてちょうどそのころ「翔んでる女」という言葉が流行り、翔び立つには資格があった方が良いはず、と考えて医学部に入学しました。卒業して進路を決める時も、あまりシリアスに考えずに在学中に丁寧に指導してくださっていた内科に入局しました。しかし2年の研修後に、教授がいきなり「心臓電気生理がいいんじゃない?」と言ったのでした。この一言が、私の仕事の方向性を決める大きな転換点となりました。

電気生理学は、少人数の教室で、毎日の研究の進捗を構成員お互いが理解していました。新人の私には教授はもちろん先輩たちから次々と課題・コメントが降ってきます。何を言われているのかわからずに当直室でポロポロ泣いたこともありました。しかし、それを消化するために必死に勉強し、実験を続けていくと、いつの間にか結果の解釈について意見を言い、研究の方向性について提案をできるようになっていました。適切な実験系から得られた結果について論理的に正しい考察であれば、誰もが納得し誰もがその考え方を尊重してくれます。非常に複雑な人を対象とし、多くの経験が必要とされる臨床の現場では味わったことがない、基礎医学研究の楽しさをこの教室の先生方そして同輩たちが教えてくれたのです。

大学院修了と同時に、米国セントルイスのワシントン大学に留学しました。紆余曲折があったのですが、最終的に夫が所属する研究室のPrincipal Investigator (PI)が私をテクニシャンのような形で雇用してくれることになりました。この時、電気生理学から発生工学や細胞生物学へ研究手法をシフトし、現在の研究の素地となる技術と知識を得ました。また非常に闘争的なPIの元で、研究の進め方や論文の書き方を学びました。写真はセントルイスの「アーチ」から市内を撮影したものです。どこまでも続く地平線はアメリカ中西部ならではの景色です。日本に帰国後、九大生医研で発生工学研究施設(遺伝子改変マウスの作製と飼育管理)の責任者となりました。生医研の研究を支え施設職員とともに施設を管理するために奔走していると、様々な職種の人と出会い多くの支援をいただくことができました。九大で新しい発見をする研究活動を楽しむとともに、研究支援活動を通じて多くを学ぶことができました。そして、2003年1月に東北大に赴任しました。

「ゲートウェイ・アーチ」の最上部からの西側の市内

教育者として

これまでの経緯を読んでいただいておわかりになるように、私は東北大に赴任するまでに、一度も教育する立場となったことがありませんでした。ですので、人生で初めて一人暮らしをしながら、教育者として、医学部の教員として働くことには大きな不安があり、研究だけがお友達と考えて、研究室でコツコツと研究を開始しました。ちょうど赴任した時から始まった21世紀COE、その後のGCOEに参加させていただき、多くの先生方と交流をさせていただく機会となりました。また、教育の経験を持たなかった私ですが、特に大学院の運営にはいつのまにかコミットするようになって、大学院大学である東北大学でどのような教育を行うべきなのか、などと考えるようにもなりました。

現状と仙台

東京で産まれ育った私にとっては、仙台は小さな町で、人々はとても親切で住みやすい町です。ワシントン大学のポスドク時代は、研究は競争であると指導され、勝つための戦略を常に考えていました。研究を勝ち負けで考える傾向はどんどん広がっているように思います。生命科学研究領域では、一日でも早く発見し、すぐに社会に役に立つように応用した人が勝者となっています。私は科学研究をこのように勝負の場であると捉えることには抵抗があります。
でも、研究のプロフェッショナルとして闘争心を持って新しい挑戦を続けていくことは、確実に私自身の知的好奇心を満足させ、結果として医学への貢献に繋がると考えています。そして一人でも多くの後輩たちにこの基礎医学研究というスリリングな世界を体験してもらいたいと思っています。

(2016.7)

中山 啓子

1986年
東京医科歯科大学医学部卒業
1991年
東京医科歯科大学大学院医学研究科内科学専攻修了
米国ワシントン大学ポストドクトラルフェロー
1995年
日本ロシュ研究所主任研究員
1996年
東京医科歯科大学附属病院医員
1997年
九州大学生体防御医学研究所助教授
2003年
東北大学大学院医学系研究所教授

※公開の記事は、本人と艮陵新聞の許可を得て転載をしております。
また、所属や職名、略歴などは、記事発表当時のものとなっております。

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