文部科学大臣表彰受賞 片桐秀樹教授 記念インタビュー(1/3)

臓器間代謝情報ネットワーク機構発見の研究

話し手:片桐 秀樹 教授
聞き手:広報室
片桐秀樹教授
私たちの体にある各臓器(組織)は、各々独立して代謝活動を行っているのではなく、それぞれが協調し連携をとりあいながら、体全体としてバランスが取れた代謝を進めていると考えられます。しかし、このような臓器間での代謝情報のやり取り(臓器間代謝情報ネットワーク)やその仕組みについては、まだ解明が進んでいません。片桐教授は、臓器間代謝情報ネットワーク機構の解明を目指し多くの成果を挙げられ、自律神経系が臓器間の代謝情報のやり取りに関わっていることを発見しました。その業績が評価され、平成26年度文部科学大臣表彰「科学技術賞・研究部門」が授与されました。このインタビューでは、研究の発端となった糖尿病のことから臓器間代謝情報ネットワークの発見とその意義まで、片桐教授にお話を伺います。

糖尿病と肥満の関係

このたびは文部科学大臣賞受賞おめでとうございます。先生が取り組まれてきた研究について、最初に、糖尿病や肥満との関連でご説明いただけないでしょうか。

片桐教授:糖尿病や肥満は、すでに一般的な病気と言うか、国民病と言われる様になってきているのは、ご存知の通りだと思います。我々の最終的な目標として、糖尿病や肥満という病気をいかに治していくかということがあります。それだけでなく、糖尿病や肥満が起こるというのはどうしてなのか、病気が悪い状態になる原因は何なのか、そして正常の人が糖尿病や肥満にならない原因も捉えないといけません。そのためには、人間の中に取り入れたエネルギーを蓄えたり消費したりするために、どんなメカニズムが存在し、それらがどのように機能して体を調節しているかということを考えていこうとしています。

肥満と糖尿病の関係は一般的に知られていますが、肥満の人は必ず糖尿病に罹るのでしょうか。

片桐教授:いいえ、それはまったく間違った認識です。肥満の方でも糖尿病にならない場合もありますし、肥満でなくても糖尿病になる患者さんもいらっしゃいます。ただし、糖尿病の方から見ると、肥満の人の方が糖尿病になりやすいという部分は確かにあります。実は、糖尿病にはいくつかのタイプがありまして、インスリンというホルモンの出が悪くなっていくタイプの糖尿病の方の場合は、肥満であろうがなかろうが関係なく糖尿病の症状を起こしてしまいます。ところが、ある程度自分でインスリンを出す力がある方の場合、肥満になっていく事が悪材料となって糖尿病を起こすことが多いです。一方、強力に十分なインスリンを出す力を持っていらっしゃる方の中には、少々肥満になっても糖尿病を起こさない方もいらっしゃいます。

自らインスリンを出す力が無い患者さんには、必要な量のインスリンを補ってあげれば、ある程度治療が可能だと考えていいのですか。

片桐教授:原理としてはそうなります。ただ、インスリンというのは、成長ホルモンなどの他のホルモンと違いまして、分泌されたり、分泌を止めたりという調節が常にしっかりされているホルモンなのです。具体的に言いますと、インスリンは物を食べる事によって非常にタイミング良く分泌されます。そして血糖値が上がるのを抑える訳ですね。そして食べ物がある程度体内で処理されると、今度は血糖値を下げる必要がなくなるので、インスリンの分泌が止まる。インスリンが分泌され続けると低血糖という症状を起こしてしまいますから、止まるようにコントロールされています。インスリンは血糖値をコントロールする重要な役割を負っていることから、他のホルモンとは異なり、一日に何度もタイミング良く分泌を管理してあげなければいけないのです。

非常に微妙な調節が必要なのですね。

片桐教授:もう一つの型、2型の特徴の一つとして、「インスリン抵抗性」というものがあります。先ほどインスリンは血糖値を下げるホルモンだという話をしましたが、インスリンが血糖値を下げるとしたら、下がった分の糖はどこに行ってしまったのかという話になりますよね。実は血液中にあった糖はそれぞれの細胞の中に入っていきます。血の中から細胞の中に移ってくる訳ですね。こうした特性は人間の体重が増えてくるに従ってあらわれてきます。ゴハンを食べました、消化されて糖分が血の中に吸収されました、そこからインスリンの力で細胞の中に移されます、という流れです。
でも肥満の時のように、すでに細胞の中にエネルギーが十分あるような場合、血の中の糖分を細胞の中に移し入れようとしても「もう要らないよ」と言われてしまうのですね。その事を我々の間では「インスリン抵抗性」と呼んでいます。そこで糖がすんなり血液から細胞の中に移ってくれればいいのですが、インスリンがあったとしても細胞の方が糖分を受け付けてくれなければ、血の中に糖分が残ったままになってしまいますよね。

それは、細胞が「お腹いっぱいですよ」と言っている状態ということですか。

片桐教授:お腹いっぱいというよりは「栄養が十分足りていますよ」という状態ですね。そうやって細胞が糖分を受け取ってくれないことで血糖値が下がらなくなる。そういう状態が肥満の人に多くみられるということから、糖尿病と肥満との接点が現れてくるのです。そして強烈に太ってくるとどうしても糖尿病を発症するリスクが急激に高まってきてしまう。ただ、そういった状態に対しては、細胞が「もう糖分は要りませんよ」といったとしても、強引にインスリンが「どんどん受け取りなさい」というシグナルを送り続ければ、なんとか細胞内に吸収されて糖尿病にはならないという場合もあります。だからインスリンを出す力というのが、糖尿病になるかならないかに深く関係してくるのです。

糖尿病の治療法

肥満と関連性がある2型糖尿病の場合には、どのような治療方法があるのでしょうか。

片桐教授:それは江戸時代に貝原益軒が言ったのと同じように、食事制限と運動療法です。程よく食べ、程よく体を動かすということが中心になってきます。糖尿病というと、食事療法、食事制限というイメージが強烈で、発症した患者さんは贅沢できないとか、ひもじい思いをしなければいけないとかそういう話ばかりが広まっているようです。最近は、食欲にも影響するような薬などが少しずつ出はじめてきて、糖尿病の治療のバリエーションは、今まで以上に非常に広がってきています。そういった経緯で、私自身も医者として患者さんに対し「こういう薬もあります」と色々な選択肢を提供できる状態になってきつつあります。しかし、薬と言っても「これを飲んだら肥満が治ります」という薬がある訳でもないし、注射しなくてもインスリンが出ますという薬がある訳でもありませんので、本当の意味での根本治療はまだ遠いというのが現状です。

糖尿病と言うと「治りにくい」というイメージがあるのですが、完治は可能なのでしょうか。

片桐教授:今のところ完治したという例はないです。数年前に、我々がごく稀なタイプの糖尿病に対して完治する方法を見つけたと報告を出しました。しかしそれは、本当に珍しいタイプの糖尿病の症例なので、一般的な糖尿病に関しては、残念ながら今のところ完治する方法は無いです。ただ、糖尿病はある程度コントロールできる病気なのです。もちろんコントロールするためには薬剤を併用していくこともありますが、基本的に肥満が原因となって糖尿病を発症している患者さんに関しては、太っている事をコントロールする事がそのまま治療につながります。でも、痩せたからと言ってまた沢山食べて太ってしまったら、また糖尿病の状態に戻ってしまいますので、なかなか完全に治るとは言えない病気です。

症状が出てからずっとつきあっていく病気という事になりますね。

片桐教授:そうですね。実は、糖尿病になる事自体は、一部誤解があるかもしれませんが、そんなに深刻ではないのです。でも、糖尿病になる事によって、次に目を悪くしたり、神経を悪くしたり、腎臓を悪くしたりと、いわゆる合併症を引き起こす原因になることが恐ろしいのです。その証拠に、成人で失明する原因のトップは糖尿病です。そのような糖尿病に端を発する合併症に罹る患者さんが急激に増えてきているというのが、今起こっている一番の問題だと言えます。

そして、もう一つは動脈硬化です。動脈硬化は肥満だけでもその症状につながるのですが、そこに糖尿病が重なるとさらにかけ算で発症のリスクが高まってきます。動脈硬化が起こるという事は脳卒中や心筋梗塞につながってきます。そうした脳卒中や心筋梗塞など動脈硬化が原因の死亡が、日本人の死因の四分の一くらいを占めています。糖尿病自体はそれほど深刻でなくても、そこから重大な疾患につながってくるのです。そうした中で、今の医療は糖尿病を治すというよりは、その症状をコントロールして次の病気を起こさないようにすることを中心にしています。当然、我々の研究としては、コントロールだけでなく、糖尿病にならないように、そして糖尿病になったとしても、それが完治するようにということも目標に進めています。

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