文部科学大臣表彰受賞 片桐秀樹教授 記念インタビュー(2/3)

臓器間代謝情報ネットワーク機構発見の研究

臓器間代謝情報ネットワーク

臓器間代謝情報ネットワーク

糖尿病に脳を介した臓器と臓器の間の情報のやり取り、つまり、臓器間代謝情報ネットワークが関係すると気付かれたきっかけは何だったのでしょうか。

片桐教授:我々の研究テーマは糖尿病や肥満を治療しよう、そして体が糖尿病や肥満を起こさないようにしようという事を掲げています。本来、人間の体には肥満や糖尿病を起こさないようにするためのシステムが備わっているはずです。という事は、そのシステムがどこかで破綻してしまうので肥満や糖尿病が起こると考えられます。研究を進めていくうちに確かに人間の体格、体重をある程度の幅で一定に保とうとするシステムが体内に備わっていることが分かりました。このシステムの破綻について解明していこうというのが私たちの研究の新しいところです。

過去に行われてきた研究はどうだったかと言いますと、例えば、血糖値に関する研究をするときに、食べ物が消化されると膵臓の膵島にあるベータ細胞(β細胞)からインスリンが出ます。そして分泌されたインスリンが体内を巡って、それぞれの臓器で働きます。ある程度血糖値が下がるとβ細胞がインスリンを出さなくなります。そういう過程があるわけですが、その過程で起こることのすべての責任をβ細胞やインスリン作用にだけ押し付けていたのです。そうした視点で研究をしていくと、テーマとしてはβ細胞がインスリンを分泌するメカニズムを探る、あるいは筋肉でインスリンに促されて脂肪が蓄積されるのであれば、筋肉で起こっている活動を明らかにするといった細胞の中の細かい分子の働きを追求していく手法が用いられるようになります。

もちろん分子レベルで解明していくような研究の重要性を否定するつもりはさらさらありません。しかし、私は医者として患者さんを診察しながら研究を進めていく中で、分子レベルで考える以上に個体を丸ごと、分かりやすく言うと一人の人間として見ていかないと代謝のような全身が関係して行っている仕組みは解明できないのではないかと考えました。体の中にある、それぞれの臓器と臓器の間でどういった情報交換が行われているのか、それによって体全体として血糖値をどうコントロールしているのか。さらに、体重を一定に保とうというメカニズムはどのような臓器の連携の中で働いているのか。どれも体全体を見ないと分からないことですよね。

例えば、体重というのは全身の代謝の総和です。血糖値というのも全身の代謝の総和で変化が起きるものです。だとしたら、その総和というのはどのようにコントロールされているのかというところを明らかにしなければいけません。それぞれの臓器がバラバラに、そして勝手に代謝を行っていて、たまたまそれを足し算したものが総和量として一定に保たれているという事は考えにくいでしょう。特に血糖値などを見ていると、正常な人では我々が思っていたよりも非常に精密にコントロールされていて、一定の血糖値の幅のなかで、食前も食後も推移するわけです。そんな緻密なコントロールをβ細胞だけが単独で行っているとは考えがたいですよね。そうすると膵臓以外の全身の色々な臓器でどのような代謝が起きているのかという事を互いに知っていて、その情報に基づいてお互いが代謝を制御しているのではないかという事になります。

では、他の臓器で行われている代謝の情報をなぜ他の臓器が知る事ができるのか。そもそも情報がやり取りされているのであれば、それはどんな形態なのかと考えました。そこで各臓器で行われている代謝の情報を全体として統御している場所、管制塔のような役割を果たしている場所がどこかにあるのではないかという考えに至った訳です。

方法としては、例えば、ある臓器で突然代謝が変わった場合、「ここで代謝が変わりましたよ」という情報が全身に行き渡るように発信されるはずです。さらに代謝の状況を把握し、統御している場所があるのであれば当然その部位にも情報は伝えられるでしょう。そして統御する部分から、全身の様々な臓器に向けて様々な指示が出て、それに応じて代謝が変わるはずです。そういった体の中で同時多発的に起こっている色々な変化を見ていこうという方法に決めました。体には恒常性と言って、どこかで何か変なことが起こってもピッタリと良い状況を保っていこうとするシステムが備わっていそうだと。それは一体なんなのか突き止めてみたいと思ったのです。また、生物学的な見方で言えば、一つの分子の働きを解明して原因を突き止めるというよりは、もっと時間的な経過、そして空間的な経過を見ながら、臓器間の情報のやり取りという、広い視点で見ていこうという事です。

臓器と臓器の間の情報のやり取りには、2つの考え方があると思います。一つは、各臓器が他の臓器に対して一対他の関係で情報のやり取りを直接行っている状態。もう一つは、管制塔の役割を果たす部分を介して、一旦情報を中枢にあげたうえで、そこが判断して各臓器に情報を伝えるという形式です。研究を進めていった結果、後者のコミュニケーションが行われている事が分かったのでしょうか。

片桐教授:いいえ、それは違います。確かに情報伝達の方法としては2つあります。しかし、結果的に体には後者のコミュニケーションだけでなく、両方のシステムが備わっているのではないかと考えています。そして、私はこの2つの情報伝達の方法を「gross regulation」と「fine tuning」と呼んでいます。

臓器に情報を伝達する方法としてホルモンと神経という2つがあります。先ほどふれた血糖値を下げる際に分泌されるインスリン、あるいは体重に関連しているもので言えばレプチンというようなホルモンは、分泌されると血液に乗って全身へ一斉に流れていきます。一方、神経を介しての情報伝達はピンポイントで特定の臓器に伝わります。情報伝達速度も違って神経の方が早く伝わります。ただ、代謝の議論であれば神経のミリセカンドという単位とホルモンの分単位にはそれほど違いはありません。遅いと言ってもホルモンも血液の中を流れますと約1分で全身の臓器に情報が行き渡りますから。

しかし、伝わり方に関しては大きな違いがありますので、「血糖値が上がったぞ」といった全身に一気に情報を伝えて代謝を起こす役割はホルモンが担っているのではないかと考えられます。それが先ほど言った「gross regulation」です。例え話をよくするのですが、広場で遊んでいる子供達に「おーい、みんな逃げろー」と一斉に叫ぶ。その情報を聞くか聞かないかは聞き手の耳によります。つまりある情報を伝えるために一斉にホルモンが分泌されたとしてもそのホルモンに反応して代謝を変化させるかどうかは細胞の受容体の有無によるのです。そうやって全身に一気に情報を伝達して関連するところを動かすメカニズムが存在するだろうと考えています。

一方で、各臓器が勝手に代謝を変えて好き勝手に活動しないように、ピタッとある一定の値の中に合わせていく「fine tuning」のような制御も必要になってきます。どこかに情報を統御する部分があって、特定の臓器に適切な指示を出す訳です。そういった緻密な指示をホルモンの様に一気に、一対他で出すとは考えにくいので、中枢のようなところがあって、そこからピンポイントで指示を出していると考えています。全体を見渡して状況を把握している管制塔だからこそ、細かな指示が出せる。細かな指示で各臓器がfine tuningされて絶妙な値に保たれる。そういうモデルを想定して研究を進めていっています。

実は人間の体は、この異なる2つの制御を同時に行っているのではないかということが分かってきています。fine tuningだけで全ての代謝をコントロールしようとすると、とてもコントロールが追いつかない。だからといってgross regulationだけでコントロールしようとしてしまうと、値が大きく変動して、直ぐに適切な値に安定させる事ができないからです。例えとして血糖値の話をします。食べ物が消化され、血糖値が上がるという急激な変化に対しては、インスリンが分泌されて血糖値を下げましょうという司令が一気に各臓器に行き渡ります。その指示で各臓器が大まかに代謝を調整するのだけれども、最後の最後で精緻なチューニングをする必要がある訳です。そこでホルモンと神経系がそれぞれの特徴を活かしながら情報伝達をしている。さらにそれは同時に行われているというところがポイントです。

両方のシステムを使って微妙な値に落ち着かせているという訳ですね。

片桐教授:血糖値の制御や体重を一定に保とうとするシステムというのは、実は私が思っていたよりも、そして20世紀の生物学で考えられていたよりもはるかにfine tuningが行われているという事がわかってきたのです。

例えば体重考えてみましょう。ある人が1日標準的に食べるべき量よりも10gだけ多く食べ物を摂ったとします。単純にオーバーした分がそのまま蓄積されていくとすると10g×365日×10年となって、単純計算しただけでものすごい重さになってしまいますよね。10年で体重が36Kg以上増えてしまいます。でも50歳の人が10g毎日食べ過ぎただけでは60Kgの体重が96Kgになるなんて事はほとんどありません。まず、体重はそんなに単純には増えないですから。しかし、1日わずか10g位の過食であれば、多くの日本人が日常的に行っています。そうした過不足があるのにも関わらず、体重が一定に保たれているのはどこかでfine tuningが行われていて代謝が変化しているからだと考えられます。数グラム単位の過食というのは体重のオーダーであるKg単位から見れば1パーセント未満のごく小さいものですから、その変化への対応はfine tuningの範疇になります。本当に制御できない量の過食が行われ続けると、fine tuningが追いつかずシステムが破綻してしまう事があると思いますが、少しくらいの狂いでは破綻せず、一定に保とうとする制御が効く訳です。

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