文部科学大臣表彰受賞 片桐秀樹教授 記念インタビュー(3/3)

臓器間代謝情報ネットワーク機構発見の研究

飽食の時代と糖尿病

先生の研究の中では飽食と飢餓という二つの状態についても触れられています。「100年くらい前まで、多くの国の人たちは飢餓状態というのが当たり前で、食べた食料をなるべく速く、そして大量に蓄えておこうという人間本来の機能が働いていた。それが、ここ数十年で一気に先進国を中心として過食の時代になってしまった。しかし、飢餓の時代に機能していた貯め込むためのシステムは過食の状況でも働いていて、それが肥満の原因になってしまっている」という話には非常に納得させられました。飽食の時代において、飢餓の時代に身に着けた機能を調整し、現代人のライフスタイルに合わせるようなことは可能なのでしょうか。

片桐教授:私たちの臓器間ネットワークの研究において、特に肥満関係、エネルギー代謝関係の中心となる研究は3つあります。一つは脂肪組織から出る神経のシグナルが食欲、専門的にいうと「レプチン抵抗性」という状態を起こしたり、防いだりしているという研究です。レプチンというのは通常、血中を流れて食欲を落とす働きをしているホルモンです。だから、太ってくるとレプチンが沢山血中に出てきて、食欲を落とし、エネルギー摂取を抑制することでバランスを取ろうとします。でも、ある程度以上太ってくると、人間の体はレプチンが効かなくなってきます。そうすると食欲にブレーキがかからなくなってしまって食べ続けてしまい、過剰なエネルギー摂取が継続してしまう。そのことをレプチン抵抗性と呼んでいます。こうしたレプチンが効くか効かないかという変化には、神経組織から出ている神経シグナルが深くかかわっていて、そちらの制御を受けていることが分かりました。これが分かったのが2006年の事です。なぜ人間は体重を一定に保とうとするシステムを備えているのにも関わらず、レプチンを効かなくさせることで肥満を促進する逆の制御も行うのか。機能としては解明できるのですが、なぜそうなるのかという事は推測も含めてじっくり考えなければ分かりません。ただ、現代においてレプチン抵抗性というと肥満を維持するメカニズムとして、悪いものであるとしか捉えられていませんが、私はそれを進化の過程で獲得した生存のためのメカニズムで、それが残っていることにも重要性を感じているのです。

飽食の時代においては、そのメカニズムが病気の原因になってしまっているわけですね。

片桐教授:そうです。昔は飽食と言っても一過性のもので、毎日食べすぎるという事はなかったわけです。だからレプチン抵抗性が発揮されても、それが病気につながることはまずなかった、むしろ、一人の強い人が食べ過ぎてしまうことで群れ全体が破滅するのを防いでいたわけです。しかし、現代のように、毎日飽食が続いてしまっている状況においては、食欲を抑える機能が働かないため、病気の原因になると捉えられるようになりました。

このレプチン抵抗性についても先ほどのgross regulationとfine tuningが働いています。食べ過ぎを察知してレプチンを分泌するgross regulationと飢餓に備えて過剰にエネルギーを摂取することを許容するfine tuningが行われています。レプチンを一部出しながらも、脂肪が油を貯めている状況を神経を介して脳に伝える。脳は伝えられた情報からレプチンの効き方をfine tuningで調節する。つまり、これに基づくとホルモンによる刺激と神経シグナルの双方を並行して調整しながら食欲をコントロールしているというスキームが書けるのではないかと考えています。

もう一つのシステムとして、肝臓が脂を貯め込んで肥満になりそうな状態なると、体の一部でエネルギーを燃やしてバランスを取ろうとするものあります。これはまさにネガティブ・フィードバックです。肝臓に脂が貯まってくるぐらいエネルギーを蓄えすぎた、つまり食べ過ぎたという状況に対応するために、蓄えられた脂を燃やすことによって解消しましょうというわけです。逆に、栄養が糖質、つまりグリコーゲンという形で肝臓にたまっている状態においてはエネルギー消費、熱産生を抑える方向に、蓄えたままにしておきましょうという情報を送る。肝臓から出ているシグナルにはこの二つがあって、それによってエネルギー消費、代謝が体の中で調整されていることが分かってきました。このシグナル伝達も神経ネットワークを介して行われます。肝臓から出された情報が脳を介して褐色細胞組織という熱産生臓器に伝わるわけです。グリコーゲンレベル、炭水化物レベルでのエネルギー蓄積に対しては、エネルギーを燃やすのを抑えて、折角食べた時なのだから貯める方向で調整しましょうという情報が伝達されます。それが、時間が経ってきて脂という形でまでエネルギーが貯まってきてしまう状態になると、太りすぎてしまうので、エネルギーを燃やす方向で調整しましょうというシグナルに変化し神経を介して脳に伝達されます。肝臓からのシグナルとしてはそのそれぞれが状況に応じて出ているのではないかと考えています。

脂肪の燃焼を活性化する

脂肪をたくさん燃やすことによって起こる悪い面というのはないのでしょうか。

片桐教授:燃やす方についていえば、肝臓に脂が貯まったときに働く神経シグナルで、それが伝わると燃やす活動が活発化するわけです。燃やすメカニズムとしては、脳からそれぞれの臓器、特に脂肪細胞に向かってシグナルが出ている状態です。この時は交感神経が活性化されています。交感神経の活性化について我々が実験をやってみたところ、自律神経というのは、私がそれまで思っていたよりはずっと臓器選択性があるものだという感覚を得ました。

例えば、我々が明らかにした、肝臓からの神経情報が脳へ行って直接膵臓のβ細胞にシグナルが伝わり、β細胞自体がいきなり増殖を始める状態が起きる現象ですが、それは副交感神経の方ですけれども、β細胞が増殖する以外我々が調べたところでは、他には一切変化が起こっていないようです。だから神経を介して伝えられた情報を受けて膵臓でβ細胞だけが増え始める。同じ膵臓の中でも内分泌腺も膵ランゲルハンス島にある他の細胞も変化がないですし、他の臓器でも副交感神経亢進のような消化管運動が変わるとかそういうようなことも起こりません。そうした結果を踏まえると自律神経には高い臓器選択性があるのではないかということに行きつきます。肝臓でのグリコーゲン蓄積からくる褐色脂肪でのエネルギー消費を抑える指令ですが、これもまた褐色脂肪以外にはほとんど作用しません。他の臓器には影響が出ないので非常に臓器選択性があるといえます。

ただ、肝臓に脂が貯まった時にエネルギーを燃やしましょう、基礎代謝を上げましょう、脂肪細胞で脂肪を分解しましょうというときに出されるシグナルに関しては、全身のいろいろなところで交感神経が活性化することが分かっています。そうした交感神経の活性化の影響が一番危惧されるのは、血圧が上がるとかといった状態です。実際にも血圧が上がっていますし、肥満のモデルマウスで肝臓に脂肪を貯めないようにしたり、肝臓から出る神経シグナルが出ないようにしたりすると血圧が上がらないという実験データも発表しています。つまり、メタボリックシンドロームで血圧が上がるというのは実は体内でこのようなメカニズムが作用して起きているのだといえます。

このように、肝臓などの末梢組織の様々な代謝状況に応じて、神経を通じて様々なシグナルが脳に送られ、脳はそれを統御して全身の各臓器に、個体レベルでの代謝恒常性をダイナミックに維持するよう、指令を送っていると考えられます。思ったより、これらの指令は、臓器ごとの選択性がありそうです。このことを考えると、最初から一つの効果器を目指した手法よりも、脳に情報を強く送った方が、全身の各臓器の代謝を協調させ、個体レベルでの代謝をうまく制御できるのではないか、その方が、fine tuningまで考慮に入れた対策となるのではないか、と考え、新しい視点からの糖尿病や肥満の治療法開発を考えているところです。

本日は、大変興味深いお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。

(2014年5月13日)

片桐 秀樹

片桐 秀樹(かたぎり ひでき)
東北大学大学院 医学系研究科糖尿病代謝内科学分野 教授

1962年 生まれ
1987年 東京大学医学部卒業
1990年 東京大学第三内科医員
1997年 医学博士(東京大学)
2001年 東北大学病院糖尿病代謝科助手
2010年より現職

専門は糖尿病、肥満、動脈硬化、メタボリックシンドローム。

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