William Harvey Lecture Awardを受賞して(1/3)

聞き手:広報室
話し手:下川 宏明 教授

攣縮の動物モデル作成から研究生活を開始

このたびは、ヨーロッパ心臓病学会(European Society of Cardiology, ESC)*1のWilliam Harvey Lecture Award*2のご受賞おめでとうございます。本日は受賞に至った研究成果についてお話し頂ければと思います。

下川教授:最初に、私が行ってきた研究の経緯についてお話しさせていただきます。私が2年間の臨床研修を終えて研究を初めたのは1981年です。まず、最初に取り組んだのが心臓の冠動脈の攣縮(れんしゅく)についての研究で、現在でも研究テーマの一つとして続けています。心臓の表面には3本の冠動脈が走っており、冠動脈の異常により狭心症や急性心筋梗塞が起こるのですが、その原因の一つとして冠動脈攣縮(専門用語で冠動脈スパズム)があります。研究室に入ったばかりの私に与えられたテーマが、その冠攣縮を再現する動物モデルの作成というテーマでした。

実は、同じテーマを研究室の先輩たちも与えられ、イヌを実験動物として研究を進めていましたがうまくいっていませんでした。私が研究を引き継いだ時には上司から「君の学年でうまくいかなかったらこの研究は中止する」と言われました。私としては最後のチャンスをもらったということで一生懸命に関連研究や過去の研究論文を勉強して問題点を探し出すことから始めました。

そうすると、冠攣縮というのは何もない正常血管では決して起こらず、種々の動脈硬化を伴う冠動脈で起きているということが分かってきました。臨床的にも、冠攣縮は種々の程度の冠動脈硬化病変に発生するという観察事実もありました。つまり、冠攣縮の動物モデルを作るには実験動物に冠動脈硬化病変を作成する必要があると考えました。しかし、論文を読み進むと、イヌではなかなかヒトに似た動脈硬化病変ができにくいという論文が報告されていることに気がつきました。一方、ブタではヒトに似た動脈硬化病変が起きるという論文にもいくつか行き当たりました。そこで、私はブタを用いれば動物モデルが作成できるのではと考え、長期実験を想定して体重があまり増えないミニブタを使うことを着想し、教授に「ミニブタを買ってください」と頼みに行きました。30年以上前の当時、ミニブタを用いて冠動脈硬化の長期間の研究をすること自体、非常に珍しいことでした

教授はどんな反応でしたか。

下川教授:対象を思い切って教室で使用経験のないミニブタに変えることに最初は驚かれましたが、それよりも大きな問題は値段でした。30年以上前になんと1頭13万円もしたのです。値段を報告したところ、「桁が二桁違うのではないか」と言われました。確かに、当時は、雑種犬が無料〜1500円で入手できていた時代でした。最初はすぐに却下されましたが、それでも何度も何度もお願いに行ったら、ようやく2頭だけ買ってくれました。たった2頭ですが、それでも「成果が出なければこの研究はこれで止める」と言われました。

実験方法としては、冠動脈の内膜をバルーンで傷害すると同時に、高コレステロール食を長期間(3〜6ヶ月間)投与することで冠動脈硬化病変を作成しました。長期間の高コレステロール食投与も高額の費用がかかります。冠動脈造影をしてみると冠動脈は造影上ほぼ正常でがっかりしましたが、ヒスタミンやセロトニンによる収縮刺激を加えるとヒトに酷似した冠攣縮が再現性よく誘発されました。一緒に研究をしていた同級生と再現性を確認して飛び上がって喜んだことを今でも鮮明に覚えています。

ヒトに酷似した冠攣縮モデルができましたので、冠動脈の連続切片を作成して組織学的に詳細に検討したところ、冠動脈造影では分からなかった初期の冠動脈硬化病変ができており、その部分に一致して冠攣縮が再現性よく起きていることが確認されました。この後は、教授からの支援も得ることができました。当時は30年以上前のことで冠攣縮の分子機構などはまだ全く解明できませんでしたが、とにかく初期の冠動脈硬化病変に一致して冠攣縮が起こるということを動物モデルで実験的に実証したということで、1983年に『サイエンス』誌に一発で(査読に回さずに)掲載になりました。編集長からは直接手紙が来て「これは年に2〜3回有るか無いかのことだ」と賞賛してくれましたので、大変嬉しかったことを覚えています。当時はインターネットなどなく、別刷り請求は葉書でする時代でしたが、一度に1000件近い別刷り請求が来ましたが、ブタの突然死に悩んでいる獣医さんからのものも多かったので驚きました。

先ほどの話に戻りますと、血管攣縮が起こるということは、血管平滑筋*3が異常に収縮しているということなのですが、一方で、血管内皮という血管の一番内側を被覆している一層の扁平上皮細胞は、弛緩因子を産生・遊離します。この血管内皮による弛緩反応と血管平滑筋の収縮反応のバランスが崩れることがスパズムを生じさせていると考えられました。そこから冠攣縮が発生する機序として、血管内皮機能不全説と血管平滑筋過収縮説が提唱され、医学的な論争が起きるまでになりました。

動物モデルができたことで、そうした論争を解決する可能性が広がったのでしょうか。

下川教授:第1のモデルでは、バルーン傷害による内皮再生に伴う内皮機能不全とバルーン傷害の結果としての血管平滑筋の過収縮が両方とも起きていますので、このモデルだけでは十分な機序の解明ができません。そこで、私は、ヒトの病理学的所見(冠攣縮部位の冠動脈外膜の炎症所見)*4に基づく第2の冠攣縮モデルとして、ブタ冠動脈外膜から慢性に炎症性刺激を加えることでも冠攣縮が再現性よく起きることを1996年に示しました。このモデルでは、内皮機能は正常に保たれていますので、血管平滑筋過収縮が主な機序である可能性が高まりました。動物モデルで冠攣縮を再現できるようになったたことで、冠攣縮部位の変化を分子レベルで調べることができるようになりました。一連の基礎的・臨床的研究により冠攣縮の分子機構として我々が2000年に世界に先駆けて見出したのは、血管平滑筋の分子スイッチの役割をしているRho-kinase*5という蛋白リン酸化酵素*6の発現や活性が亢進していることでした。

血管平滑筋が収縮する場合には、ミオシン軽鎖*7がリン酸化を受けて、アクチン*8との相互作用で収縮しますが、これを抑制しているのがミオシン脱リン酸化酵素であり、促進しているのがミオシンリン酸化酵素です。我々が見出したのは、冠攣縮部位では、Rho-kinaseが活性化してミオシン脱リン酸化酵素が抑制されており、結果としてミオシン軽鎖のリン酸化が非常に亢進して、高度でかつ長く続く血管平滑筋の異常収縮(攣縮)が起きるということでした。この結果からRho-kinaseを抑制するような薬剤を使えば冠攣縮の発生を防げるのではないかということになりました。まず、既存の薬剤の中でRho-kinase阻害作用を有する薬剤がないか探したところ、クモ膜下出血後の脳血管攣縮に対して機序が不明なまま日本だけで使われていたファスジルという薬剤が、実は私達の体内でハイドロキシファスジルに代謝され、これが選択的Rho-kinase作用を惹起していることを見つけました。また、我々は、一連の研究により、Rho-kinaseは幅広い循環器疾患の成因に深く関与していることも世界に先駆けて明らかにしました。現在、複数の国内外の製薬企業が選択的Rho-kinase阻害薬の開発にしのぎを削っているところです。

下川宏明教授

注釈
*1:ヨーロッパ心臓病学会
1950年に設立された、会員数8万人以上の心臓病学会(非営利団体)。
*2:William Harvey Lecture Award
血液循環説を唱えたイギリスの解剖学者ウイリアム ハーヴェイ(William Harvey)の名を冠した栄誉ある賞。
*3:血管平滑筋
血管を取り巻く筋肉。血管平滑筋が収縮すると血管の直径が細くなり、血流が弱くなる。意識的に動かすことはできない。
*4:病理学的所見
細胞や組織、臓器の標本を顕微鏡などを用いて観察した結果・意見の記述。
*5:Rho-Kinase
蛋白質にリン酸基を付加する酵素の一種。平滑筋の収縮を制御する。
*6:蛋白リン酸化酵素
蛋白質にリン酸基を付加する酵素。リン酸基が付加された蛋白質は、性質や活性が変化する。
*7:ミオシン軽鎖
筋肉を構成するタンパク質の一種。アクチンと共に働く。
*8:アクチン
筋肉を構成するタンパク質の一種。ミオシンとともに働く。

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