William Harvey Lecture Awardを受賞して(2/3)

聞き手:広報室
話し手:下川 宏明 教授

血管内皮の弛緩物質を同定

下川教授:1985年、私はさらに研究を進めるためにアメリカのメイヨークリニックに留学しました。第1の研究テーマである冠攣縮に加えて第2の研究テーマとして血管内皮を扱うようになったのはそれからです。

血管内皮は、内皮由来弛緩因子(EDRF)と総称される弛緩因子を産生・遊離して、血管を弛緩優位に保っています。EDRFには主に3つありまして、発見順に、一番目は1976年に同定されたPGI2*9です。二番目は一酸化窒素(NO)*10ですが、これはアメリカの研究グループによって1980年にその存在が報告され、1976年に同定され、1998年に3名の研究者にノーベル賞が授与されました。

3番目のEDRFが「内皮由来過分極因子(EDHF)」です。私の留学先のメイヨークリニックの恩師であるDr.Vanhoutteと名古屋市立医大薬理の鈴木光教授のグループが1988年に別々に独自に発見したのですが、なかなかその正体が同定されないでいました。しかし、このEDHFはNOと比較して重要でないかというと決してそういうことではなく、NOとEDHFは血管径に従って役割分担があり、動物種や血管の種類に関わらず、径が太いところではNOが重要な役割を果たし、細くなるに従ってEDHFの重要性が高まってくることを我々は世界に先駆けて示しました。世界中の研究者がEDHFの同定を進めるなか、我々はEDHFの正体が血管内皮から生理的濃度で産生・遊離される過酸化水素(H2O2)*11であることを2000年に世界に先駆けて同定しました。NOもH2O2も活性酸素種ですが、NOに加えて、生理的濃度のH2O2も善玉であるということが明らかになったのです。

我々のH2O2/EDHF説に対する世界からの反応としては、H2O2が長年酸化ストレスの権化のように実験に使われてきたこともあり、すぐに多くの反論が出されました。これは、公害の原因物質としての窒素酸化物の一つと考えられていたNOが同定された時と同じ反応でした。NO説にも発表当初は多くの反論が出されましたが、次第にそれを支持する研究発表が増えていき、徐々に認められていき、遂には1998年にNO研究を主導した3名の研究者にノーベル賞が授与されました。興味深いことに、我々のH2O2/EDHF説に対する論争の中で、我々の説を支持してくれる研究者たちは細い微小血管を用いていたのに対し、我々の説を否定する研究者たちは比較的太い血管を用いていました。我々も太い血管ではNOの働きが大きいことを示していましたので、後者の研究者もある意味、正しかった訳です。血管径だけがすべての原因ではなかったのですが、次第に検証が進められていく中で、微小血管では内皮から生理的濃度で産生・遊離されるH2O2が極めて重要な役割を果たしているという考えは世界的に広く支持を得られるようになりました。

これが私の第2の研究テーマで、今でも続けているものです。先にお話しした冠攣縮の研究とEDHFの研究、これら2つの基礎研究業績に対して今回のWilliam Harvey Lecture Awardが授与されることになりました。

先生が研究者としての人生をスタートさせた時から、長年取り組んでいらっしゃったことに対して高い評価が得られたということですね。本当におめでとうございます。

下川宏明教授

注釈
*9:PGI2
脂肪酸(アラキドン酸)由来のプロスタグランジンという生理活性物質(生理調節機能がある体内物質)の一種。血管拡張作用がある。
*10:一酸化窒素
窒素と酸素からなる化合物(NO)で、通常は気体。血管拡張作用がある。
*11:過酸化水素
化学式H2O2で表される物質で、不安定で酸素を放出しやすい。反応性が高く強力な酸化力を持つ活性酸素の一種。

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