アメリカ心臓協会
Arthur C. Corcoran記念講演者賞受賞インタビュー(1/3)

腎臓の働きから脳の健康を見る

腎・高血圧・内分泌学分野
伊藤 貞嘉教授
伊藤貞嘉 教授

この度は非常に権威ある賞をご受賞されたという事で、誠におめでとうございます。まず、今回のご受賞に至った経緯についてお話し頂けますでしょうか。

伊藤教授:アーサー・コーコラン記念講演者賞には40年以上の歴史がありまして、日本人では私が3人目の受賞という事になります。過去の受賞者を見てみると、世界的に重要な業績を残した人たちが受章しているということがわかりました。私が受賞に至ったのは、腎臓の濾過機能の調節機序を直接的に研究できる技術を開発し、現在の腎血行動態の理解の基礎を築いたということが評価されたためです。私のこれまでの研究成果は、二度にわたる米国での研究生活(デトロイト市にあるヘンリーフォード病院、オスカー・カルテロ教授)と現在の教室員も含む多くの研究者との知的なインターアクションから生まれたものです。

灌流技術の確立と成果の蓄積

伊藤教授:受賞に至った経緯をお話ししますと、いくつかのポイントがあります。まず、腎臓は体の塩分を感知して血圧を調節しています。血圧を調節するホルモンの分泌量を調節したり、腎臓の濾過機能を調節したりして、血圧だけでなく体液量、つまり体全体の血液量を調節する役割も果たしています(図1)。腎臓で産生され、血圧や体液量を調節するホルモンにレニン*1というものがあります。この物質は1898年にティガースタッドという研究者によって発見され、その後の研究により腎臓が塩分を感知して、レニンを分泌したりしなかったりすることも分かりました。ただし、塩分を腎臓のどの部位が感知しているかについては、長い間謎だったのです。レニンは糸球体*3(血液を濾過する毛細血管の塊)に血液を送る輸入細動脈の末端部の細胞で産生・分泌されます。このレニン産生細胞に密に接しており、かつ、特殊な形態をしている尿細管細胞の一群に、緻密斑*2という構造があります(図2右)。このような解剖学的位置関係や特殊な形態から、緻密斑がその中を流れる尿細管液の塩分(全体の塩分を反映する)を感知してレニンの分泌を調節すると想像されていました。ところが、緻密斑を通る塩分が多いとレニンの分泌が増えるという人がいたり、いや、塩分の量が低いとレニンの分泌が増えるという全く正反対の結果を提出したりするグループがあり、どちらが真実か分からなかった。その原因は、緻密斑の部位の塩分を変えながらレニンの分泌を直接検討する方法が存在しないことでした。

そこで、第一回目の米国留学で、レニンを分泌する細胞を有する輸入細動脈のみと、輸入細動脈に緻密班を付けたままで取り出した標本を作製して、両者からのレニン分泌を比較することにしました。両者の違いは緻密班が付着しているかいないかですので、両者に違いがあれば緻密斑がレニン分泌を調節していることを直接証明したことになります。結果として、緻密斑の有無でレニン分泌に大きな違いが見られ、これが緻密斑機序を証明した世界で最初の研究となりました。ところが、緻密斑の尿細管腔の塩分濃度のみを直接変えるためには、この部位を細いグラスのピペットで灌流する必要がありました。そのためにはまた新たな手法に挑戦する必要があり、また、留学期間の問題もあったため帰国することにしました。ここまでが一回目の留学です。

ところが帰国後、オスカーから「もう一度デトロイトに来て緻密斑の灌流実験をしてくれ」と何度も説得され、2年半後に再渡米しました。2−3か月後には緻密斑の灌流手法を確立し、準備は順調に進んでいたのですが、すぐ後に他の研究者に先を越され、その研究がサイエンス誌に報告されてしまいました。そこで、緻密斑のもう一つの機序を直接研究することにしまた。緻密班にはレニン分泌を調節する機能の他に、輸入細動脈の血管抵抗を調節する機能があると考えられていました。この機能によって、腎臓の糸球体濾過量*4(GFR)は常に一定に保たれています。糸球体で濾過された原尿は、近位尿細管からヘレンのループを経由して、輸入細動脈に接する緻密斑を通って行きますが、緻密班が塩分濃度を感知して輸入細動脈の収縮度合いを調節して、糸球体の中の濾過圧を一定に保っていると考えられていました(図2左、矢印の流れ)。この現象は尿細管糸球体フィードバックと呼ばれています。実際、腎臓の表面から細いガラスのピペットを近位尿細管に入れてその圧力(糸球体の濾過の圧力を反映すると考えられている)を測定すると1分間に2回くらいの頻度のサイクルで細かく変動しているのが観察されていました。細かく変動しながらも、平均してみると実に一定に保たれており、この様な安定性は緻密班が輸入細動脈の収縮度合いを非常に精巧に調節しているからだと考えられていました。

私たちの腎臓には緻密なフィードバック調節が備わっているわけですね。

伊藤教授:そうです。ただ、当時このフィードバックを行っているのは緻密斑だけではなく、もっと後ろの接合尿細管も関与すると主張する研究者もいました。これらの研究成果は全て間接的な研究手法で推測されたものであり、緻密班や接合尿細管が本当に輸入細動脈の血管抵抗を調節しているかどうかの決定的な証拠はどこにもありませんでした。そこで、私は輸入細動脈と緻密斑を一緒に取り出し、輸入細動脈と緻密班を同時に灌流し、緻密斑の灌流液の塩分濃度を変えた時に輸入細動脈が収縮・弛緩反応をするかどうかを直接顕微鏡下で観察する実験系を開発しました。その結果、緻密班の塩分濃度を上げると輸入細動脈が縮む事を証明しました。その後、私の共同研究者であるRen先生はこの研究手法を接合尿細管に応用し、接合尿細管も輸入細動脈の血管抵抗を調節することを証明しました。この機序は、腎機能調節の新たな機序として大変注目を浴びて、現在様々な研究が進行中です。

この様な新しい研究手法を開発することで、私たちは糸球体の血行動態を調節する機序について多くの証明を行うことが出来ました。これら成果の集積が今回の受賞の大きな理由という事が出来ます。

新たな技術を確立して、それを用いて多くの証明を行ったという事に対する評価という事ですね。

腎臓の働き

図1. 血圧と腎臓の関係 腎臓は塩分や水の吸収・排泄をコントロールしながら、全身の体液量と血圧を一定に調節している。

腎臓の働き

図2. 腎臓の濾過機能と糸球体の構造 血液の液体成分(血漿)は糸球体で濾過された後、尿細管に入り、近位尿細管・ヘレンループ・遠位尿細管を経る過程で塩分や水の再吸収が行われる。再吸収されなかった塩分や老廃物が尿として膀胱へ送られる。

用語解説:
*1:レニン:腎臓から血中へ分泌される酵素。血圧上昇ホルモン(アンジオテンシン)を活性化する。
*2:緻密斑:腎臓の細い血管(輸入細動脈)が糸球体に入る直前の遠位尿細管の領域。
*3:糸球体:腎臓の中の毛細血管の塊。ここで老廃物などが濾過される。
*4:糸球体濾過量:単位時間あたりの腎臓で濾過される血漿量(赤血球や白血球、血小板以外の液体成分の量)。

次ページに続く

一覧へ戻る

pagetop