アメリカ心臓協会
Arthur C. Corcoran記念講演者賞受賞インタビュー(2/3)

腎臓の働きから脳の健康を見る

腎・高血圧・内分泌学分野
伊藤 貞嘉 教授

腎臓の異常から脳疾患を予測

伊藤教授:もうひとつ、2002年になると慢性腎臓病という概念が出てきました。慢性腎臓病は糸球体濾過量が正常(100ml/分)の60%未満、または、ごく微量の蛋白が尿に出てくるなどの異常を一括りにした概念です。慢性腎臓病の患者は透析治療が必要になるよりも、脳卒中や心筋梗塞になる確率が高くなるということが、疫学的な研究から分かっています。慢性腎臓病の大きな謎は、糸球体濾過が正常でも、ごく微量の尿蛋白(アルブミンとして10mg)があると脳卒中や心筋梗塞になりやすいということです。考えてみると、1日の糸球体濾過量(GFR)は正常では150リットル位あり、その中に含まれる蛋白質はアルブミンで6 kgにもなります。そのうちのたった10mg程度の蛋白が尿中に出てくることが、なぜ脳や心臓の血管で疾患と関連するのでしょうか。

ある時、同僚から「伊藤先生、アルブミンが漏れ出す際、漏れ出す場所に違いはあるのでしょうか」という質問を受けた瞬間、私の頭の中で脳と腎臓の血管構造が重なりました(図3)。腎臓に入ってくる太い血管が高い血圧にさらされると、太い血管に近い部分にある細い血管も高い血圧に直接さらされるので壊れてしまいます(図3のA)。そうした箇所からアルブミンが漏れてくるのです。一方、太い血管から遠い位置にある細い血管では、そこまで到達するまでに血圧が下がっているので破損が起こりません(図3のB)。太い血管に近いごく少数の壊れた糸球体から漏れ出た少量のアルブミンが他の多数の糸球体で濾過された正常の尿で薄められて、尿のアルブミン濃度は極低く、微量のアルブミンとなるのです。つまり、微量であったとしても尿にアルブミンが混じるという事は、腎臓の大きな動脈に近い輸入細動脈が壊れているという証拠になります。腎臓で血管の異常が起きているという事は、全く同じ構造の脳の血管が壊れやすい状態にあるという事を意味します(図3下)。

では、なぜこのような壊れやすい血管構造が我々の体に備わっているのでしょうか。これは、たぶん生物の進化が関係していると思われます。このような機構が備わっていれば、外傷などが原因で血圧が下がったとしても、脳や腎臓といった生命維持に大事な役割を果たしている部位に血液を送ることができます。つまり、太い血管から細い血管につながっているのは低血圧に対応するためなのです。長い進化の過程で備わった低血圧に耐えるための機能が、現代、高血圧によって破綻してしまう。何とも不思議なことです。

人類の進化と低血圧と高血圧の話は、とても興味深いですね。

伊藤教授:この仕組みが分かったことにより、微量であっても尿にアルブミンが混じっていれば、それを基準にして他の疾患の検査や早期治療が出来るようになりました。患者さんの尿中にほんの微量ですがアルブミンが出ていたとします。患者さんは大した量ではないと思われるかもしれませんが、微量だからといって、軽微な疾患ではないのです。なぜなら腎臓の血管が傷んでいるということは、同様に脳内の血管が傷んでいる可能性が高く、そのまま放っておくと脳疾患につながります。

尿を調べると、脳が分かるということですね。

伊藤教授:この結果については、最近、世間での認知度が上がってきています。私は、この実体をストレインベッセル*5と呼んでいます。なぜかと言うと、この血管(図3のA)は非常に緊張度が高い血管なのですよ。すなわち、高い圧力にさらされて、それに耐えている細い動脈(髪の毛の太さの10分の1)ということになります。さらにその圧力も(心臓が脈を打っているので)拍動性の圧力です。低血圧になった時には適度に緊張していた状態の血管をパッと開いて戻せば、血流を保つことが出来きます。一方、高血圧になると血管の緊張を更に高くすることが必要になってきます。そういった過度に緊張している状態が続くと次第に血管が破壊されてきて、蛋白が漏れだしたり脳卒中になったりしてしまうのです。

先生が研究を進めていくに従って、どんどん新しいメカニズムが見つかってきていますね。

腎臓の働き

図3. 腎臓の血管構造と脳の血管構造太い血管近くの細い血管の枝には高い圧力がかかっている。太い血管から遠ざかるほど、細い血管にかかる圧力は低くなる。腎臓内部のAの糸球体が高い血圧によって損傷し、尿中にアルブミンが漏れ出しても、大多数の正常なBの糸球体からの多量の尿で薄まってしまい、結果として尿中のアルブミン量は微量となる。しかし、尿中の微量アルブミンは、同様の構造をもつ脳の血管が損傷を受けるリスクが高いことを示している。

用語解説:
*5:ストレインベッセル:ストレイン=緊張した。ベッセル=血管。

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