新任教授インタビュー2016

Done is better than perfect

緩和医療学分野 教授 井上 彰 先生

ご専門分野、ご研究の内容をお話しいただけないでしょうか?

これまでは、肺がん、特に進行した肺がん患者さんの臨床研究を専門に行ってきました。日本では、がんの中で肺がんによる死亡数が1番高いんですね。ニュースでも、著名人がよく肺がんで亡くなったという報道がされているように、まだまだ多くの患者さんが苦しまれている疾患です。病巣が早期で見つかれば、切除手術によって一定の確率では治療できますが、その後再発したり、そもそも診断時に切除ができないほど進行してしまったりしている患者さんが多いんです。そういう患者さんを治せないからと言って諦めるのではなく、少しでも良く長く生きていただきたくために、抗がん治療に関して研究してきました。

井上 彰 先生インタビューの様子

臨床研究者を志したきっかけは何だったのでしょうか?

多くの医師は、研修医から臨床に入る訳ですが、私は地元の秋田大学を卒業してから研修を仙台の病院で行いました。その後、東北大の加齢研の呼吸器内科の医局に入局したのですが、その1年後くらいに、本当にひょんなきっかけで国立がんセンターに行く機会を得ました。そこで3年間レジデントとして学んだのですが、がんセンターに行くと臨床も盛んだけど臨床研究も当たり前に行われていたのですね。それぞれの患者さんの診療体系が変わっていく・進歩していく過程を目の当たりにしてきたので、実際の患者さんに直結する臨床研究が非常に魅力的に思えました。臨床をやりながら臨床研究もしっかりやりたいということを、そのとき改めて感じましたね。

これまでに1番印象に残っている研究エピソードは何でしょうか?

肺がんに対する分子標的薬が出始めた2002年頃から関わっているのですが、遺伝子変異・遺伝子検査に基づく、患者さんにあった個別化治療が出てきたのもちょうどその時代でした。遺伝子変異の報告が最初にされたのはアメリカからなのですが、実際に患者さんで実用化につなげたのは、実は東北大学が初めてで、私はそのプロジェクトに最初から関わっていました。初めは小規模な患者さんでの研究を行って、続いてより大きな規模で、最終的には全国規模の大きな研究を行って、従来の治療よりも明らかに個別化治療の方が優れているということを科学的に証明して、その結果は国際的にも評価されました。その一連のプロジェクトに関われて、最終的に成功できたのが自分にとっては1番印象的でした。また、個別化治療によって標準治療が書き換えられてきた過程は、非常にやりがいもありましたし、楽しい時期でしたね。

今までに研究で1番のピンチというか、挫けそうになったことはありますか?

例えば「もう俺ダメだ」みたいなことはありませんでした。うまくいかないときは、淡々と目の前のことをやっていましたし、実際そういう時期もありますよね。いつでもいい仕事ができる訳じゃないし。ただ、地道な仕事を積み重ねていけばいずれいい風が吹くというか、何か大きなチャンスが来るというのも自分のそれまでの経験で何となく感じていました。そういえば、1年間、厚生労働省で仕事してたんですよ。がんセンターで3年研修して、その後1年間は薬の審査に関わる、いわゆるお役所の仕事をしていました。そこはさすがに病院とは全然勝手が違うので、初めの1~2カ月はかなり戸惑いましたね。そのときは正直「ここでやっていけんのかな」って思いました。ただまあ、やるべきことをやっていればいいだろうなっていう気持ちでいたら段々慣れてきて、結局そこでの経験が東北大学に戻ってからも役に立ったので、そういう意味では、何事も経験だと思って一喜一憂せずに目の前の仕事をこなすのが大事かなと改めて思います。

井上 彰 先生インタビューの様子

先生は留学されたことはあるのでしょうか?

本当に短期間ですけど、オーストラリアに数ヶ月ほど臨床のための留学をしました。むこうの緩和ケアの病院でホスピスケアと在宅治療を学んだのですが、多くの人がされている基礎研究のための留学とは違いましたね。オーストラリアって人口も少ないし、医療レベル全体で言ったら日本より高い訳ではないと思います。例えば、抗がん剤とかでいえば日本の方が発展しています。しかし、緩和ケアに関しては歴史的な背景もあり市民権を得ているというか社会に浸透しているという空気がありましてね。留学先では、チーム医療が進んでいることもあって、それほど忙しくありませんでした。日本のお医者さんは日々忙しい中で多くのことを求められすぎているのではないでしょうか。逆に、むこうの医師はストレスもそれほどではなくて、患者さんや一般市民の方も成熟しているというか、緩和ケアに関しても自分の運命をいかに受け入れるかとか。宗教的なものもあるかもしれませんが、純粋に、苦しさを取り除いていかに楽になるか、ということを求められるので、それに対して専門的に対応すればいいという、構図としては非常にシンプルだったと思います。

研究成果などで、これは嬉しかったという経験はありますか?

先ほど言ったような、分子標的薬の個別化治療に関係して自分として1番誇れるのが、ニューイングランド ジャーナル オブ メディシンに発表できたということです。それがきっかけで学術振興会賞というのをいただけて、授賞式には皇室の方もいらっしゃって、紀子さまにお会いして直接お話できたというのがいい思い出です。

医学研究の魅力についてお話いただけないでしょうか?

テーマは無数にあるので、その一つひとつを言うつもりはありません。目の前の患者さん一人ひとりの治療を一生懸命やって、その患者さんに良くなっていただくというのは、それはそれでやりがいがあることなので、若いうちは頑張って欲しいです。でも、やっぱり医学研究、臨床研究にしても基礎研究にしても1番の魅力は、自分が見つけたり開発したりしたことで、自分が知らない人々に対しても影響を与えることができることです。それも世界中の人々に。そういう世界レベルのことに関われるというのは、非常に魅力的というかやりがいがあることだと思いますね。

趣味や気分転換の方法は何でしょうか?

マンガが好きで、かなり読んでいます。医療系だと、昔は「メスよ輝け!!」とかね。医者ものはドラマもそうですけど、結局かっこいい結末にできないと話にならないっていうのがあるから、そういう意味では内科ってあんまり出てこないですよね。大体は外科か、もしくは亡くなった人から真実を暴く探偵役みたいなのだったり。緩和ケア医が主役になるものはまずなかったと思いますね。そういう意味では自分自身は医者なので、最近は医者ものはあんまり読まないかな。むしろ、ほのぼの系や叙情系が好きですね。

あとは鉄道オタクなので、昔は乗り鉄でした。今は時間かかるから出張は飛行機が多いですけど出歩くのは好きですね。北海道のローカル線は大学とか高校のときは結構行って、今は廃線になっているとことか結構ありますよ。大学のときはバイトして、シベリア鉄道にも乗りました。ウラジオストクからモスクワまで、さらにはレニングラードまで行きました。まあ乗っちゃうと退屈ですけど。

井上 彰 先生インタビューの様子

日頃から心がけていることは何でしょうか?

謙虚であること。患者さんや部下に対しては高圧的にならずに。ただし、目上の人とか権威に対してはアグレッシブにいきたいと思っています。自分がやったことを過信せずに一つひとつ積み重ねていく、そういう姿勢が研究でも大事かなと思います。

座右の銘はありますか?

実は、あんまり気の利いたものがなかったのですが、先日、記念講演した際にも聞かれたので探したのは、Facebookの創始者が言っている"Done is better than perfect”というものです。「ダメで元々」だとか、「とにかくやってみることが大事」というのが自分の元からのスタンスで、小さいことでもとにかくやってみてという風に思ってきました。それをかっこよく言うと"Done is better than perfect”なのかな。とにかく理想を求めすぎないで、まず地道に目の前のことをやる、やることが大事だと思います。やっていくことで次の課題も見えてくる訳ですから。

先生から見た東北大学医学部の魅力とは何でしょうか?

私は、出身は秋田で大学も秋田大学なのですが、東北大学は、いわゆる学閥があまりない大学だし、教授の先生がたも他大学出身の方が多いので、居心地よく感じています。ただ、秋田大学から来た立場から思えるのは、学生も含めて本当に皆さん優秀です。そういう人たちがうまく育っていけば、当然日本を、世界をリードする人材になるし、育てていける土壌もあると思うのでポテンシャルは非常に高い。だから、実際ここで仕事することを選んだ訳ですけれども。是非これからも、東北大学医学部の一員として頑張っていきたいと思います。

教授に就任されての抱負、今後の夢は何ですか?

これまでずっと肺がんの研究をやってきたのですが、じゃあ何で緩和ケアもやっているかと言うと、たとえ良い治療をしたとしても亡くなる患者さんが少なくならないということが肺がん治療の現状だからなんです。亡くなる患者数を減らすための研究も大事だけれど、亡くなってしまうという現実を踏まえて、いかにその人たちに穏やかに旅立ってもらうかっていうことも医療の大きな役目だと思います。そもそも、なぜがんの治療に興味持ったかというと、医師になりたての頃、あるがん患者さんが亡くなるまでの過程に自分なりに一生懸命向き合って、人を一人看取るっていうことのやりがいというか、できるだけのことをして患者さんが望むように穏やかに旅立たせる、そこまでの過程を手伝える仕事ということも、非常にやりがいがある仕事だと思った訳なんですね。だから、がんを治療することと看取ることは私の中では一体ですし、実際一体であるべきなんです。国も緩和ケアを後押ししているのですが、理想的には、治療は治療で一生懸命するけれども、もし治せないとわかったらしっかりと最後まで道筋をつけてあげるっていう、その両者において人が育たないといけない。治療するための医師の数はこれからも増えると思うのですが、緩和ケアの方は領域が未成熟というか、人も足りないし、研究も足りないと思っています。その緩和ケアの部分を、東北大学が中心となって発展させたいです。私がこれまで行ってきた、肺がんの研究でできたような全国展開、理想を言えば世界的なものも含めて、緩和ケアの領域でもできればなと思っています。

最後に、若手研究者へのメッセージをお願いします。

あまり計算でものを考えないで、目の前のことを新鮮なものとして見られる素直な目を持って、分からないことは分からないこととして学ぶ、そういうスタンスだとその後が伸びるんじゃないかなと思います。結局、医師にならないとわからないことはいっぱいあるので、学生の間は目の前の勉強をやるのも大事ですが、学生の間しかできないようなことをやって、視野を広くしていろんなものに触れてほしいなと思います。学生時代は何かに縛られずにいられる貴重な時間だと思うので。それで、いざ医者になって大学院とか入ったときは、与えられたテーマにしても自分で見つけたテーマにしても、目の前の仕事を地道に集中してやっていく、そういうことの繰り返しが大事だと思います。

井上 彰 先生インタビューの様子

※所属などは、記事発表当時のものとなっております。

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