教員インタビュー

次世代の医学を追い求める。
それは、医学に関わる者の責任です。

独立行政法人 国立成育医療研究センター
研究所長 松原 洋一 先生
松原 洋一 先生
松原 洋一 先生 インタビューの様子

「最初は、小児科の臨床で腕を磨こうと思っていました」
遺伝医学研究で、世界的にも知られる数多くの業績をもつ松原先生。意外なことに、最初は、研究の道を選ばれなかったという。
ところが、大きな転機が訪れる。
横浜での臨床研修を終えて東北大学の小児科に入り、はじめて研究に参加したときのことだ。

「世界で誰も知らないことを、自分の手で見つけるという瞬間を、間近で見る経験をしました。もう、すっかり魅せられましてね。なにしろ、教科書に書いていない、次の世代が学ぶことを、つくりだすのですから」

先生は臨床を離れ「もっと落ち着いてゆっくり考えたい」と、研究生活を始められた。

その後、先生は29歳の頃、アメリカへ留学。しかし、失意の日々だったという。
「ニューヨークの研究所で、2年間すごしました。憧れのアメリカ、ニューヨークでの研究生活でしたが、実は、そこでの研究のレベルが物足りなくて、悶々としていました。
ニューヨークの街は楽しかったのですが、どうにも満たされないわけです」

先生は、あきらめなかった。
その気持ちが、運命的な研究へとつながる。

「このままではいけない、と思い、アメリカ東部の名門エール大学にアプリケーションを送ってみました。ともかく、自分を試したかったのですね」

その挑戦は、見事に実る。
エール大学に博士研究員として採用された先生は、遺伝医学研究の最先端に立つことになった。

「エール大学では、最先端の分子遺伝学の技術を使って、新しい成果をどんどん生みだしていました。
1980年代の当時、それはまだ、とても珍しいことで、遺伝子工学が医学にちょうど入っていく段階ですね。世界最高峰の研究を、私は4年間にわたり経験させてもらいました。ここでの経験は、とても大きかったですね」

研究は、若いうちに始めた方がいい。

先生は、ご自身の経験からも、若いうちからの研究生活を推奨される。

「若い時なら、新しい結果や現実に虚心になれます。失うものはないわけですから、それまでのものはぜんぶ、捨ててもいいわけです。今までのこだわりがないので、新しい発見に前向きになれるのですね。だから、画期的な成果が生まれやすいと思います」

遺伝子の異常による病気の専門医でもある先生にとって、研究は、臨床と密接に結びついている。

「研究も臨床も、どちらも大切です。しかし日常の臨床は、先輩たちが積み重ねてきた知識に基づいて行っているだけです。つまり、過去のものなのですね。
私たちは、次の世代に向かって進まなければいけません。患者さんを治していかなければいけません。それが医学の研究です。そうでなければ、私は研究なんかしていません」

温和な表情でありながら、先生のまなざしは、鋭い。
ひとつひとつの言葉は重く、熱い力が込められている。
そんな先生の表情がふっとゆるんだのが、クラシック音楽の話をされた時だった。

「音楽は、よく聞きにいきます。年に数回?そんなもんじゃありませんよ」
ご自身も東北大学交響楽団や市民オーケストラで、ビオラを奏でていらっしゃったという。

インタビュー後、ラボをご案内いただいた。ラボには、小さな試験管がいくつも整然と並べられていた。そのひとつひとつが、未来に続いている。

「私は何もしていません。皆さんに支えられているのですから」
先生は、うれしそうにラボを見回しながら、研究室のメンバーたちを思いやる。

最先端の研究が行われているその場所は、人間的で、とてもあたたかな雰囲気に包まれていた。

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