学際領域ゼミ

マウス用バーチャルリアリティ行動実験系の開発と
神経科学研究への応用

2014.10.09 平成26年度第6回学際領域ゼミ

情報科学研究科 応用情報科学専攻 バイオモデリング論分野・准教授 片山 統裕 先生

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今年度最後のゼミは、工学および神経科学がご専門の片山統裕先生に神経科学研究に対するバーチャルリアリティの応用についてお話し頂きました。

人の思考や情動そして知覚の統合処理を担うのは脳であり、その基本単位となる神経細胞は古くから研究の対象とされてきました。現在では実験技術が進歩し、行動中もしくは特定の状況下におかれた人の神経細胞の活動を非侵襲的に観察することが可能となりました。ただし、この場合は間接的に神経細胞の活動を捉えており、直接的な機能を調べるためには侵襲的な技術を用いても倫理的に問題の少ない実験動物を扱う必要があります。
よく用いられているものはマウスであり、片山先生はその利点として

  • 小型で扱いやすいほ乳類
  • 行動実験の手順がすでに確立されている
  • 人とゲノムが類似している
  • 遺伝子工学や電気生理学などさまざまな神経科学実験の手法を適用可
を挙げられていました。
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このようにマウスは脳神経機能解析に適したモデルですが、片山先生は実験手法上の制約について取り上げました。例えば、自由行動中のマウスを観察する場合は実験装置の高度化に伴い発熱量の増加・重厚化が起こり適切な生理条件下での観察がより難しくなるそうです。また、マウスを実験装置に固定してしまえば安定した結果を得ることができる一方、自由行動下でのマウスの脳神経活動を観察できなくなるためジレンマに陥ります。そこで省エネや小型化を待たずしてこの問題点を解決するために開発・応用が進められてきたのがバーチャルリアリティ(VR)技術です。

VRはヘッドマウントディスプレイに応用されている技術で、入力(ユーザーによる操作)→ システム処理 → 出力(感覚提示)から構成されます。バーチャルリアリティと聞けばSF小説などから「仮想現実」という言葉が思い浮かびますが、virtualは本来「実質的な」と訳されるため、VRは「現物ではないが、ユーザーの感覚を刺激することによって作り出す本質的には同じ環境」という意味を持ちます。わかりやすい表現では「もう一つの現実」、日本語では「人工現実感」と訳されます。その現実感を生み出すためには「3次元空間性」、「実時間の相互作用性」そして「自己投射性」の3つの要素が必要であり、片山先生はご講義中に最後の要素を「没入感」と表現されていました。ちなみにヘッドマウントディスプレイは視界がすべてディスプレイに覆われているため没入感の高いシステムだそうです。

実験動物へのVRの応用は蛾の研究から始まりました。蛾を台座に固定し、周りにはバーチャルな空間を映し出す半球型のスクリーンが覆われます。蛾が動けば入力システムが感知し、その情報を基にバーチャル空間も動くためあたかも蛾がその空間内にいるような感覚を得ます。同様の技術がマウスの研究にも応用されますが、スクリーンの端のつなぎ目が気になる等の没入感を低下させる問題がありました。そこで片山先生らはマウス用バーチャルリアリティ行動実験システムを改良し、自由行動下での安定した脳神経細胞の活動記録を得ることに成功しました。

続いて片山先生らはこの技術を応用し、自由走行下における海馬の脳波について調べました。海馬は脳の内側にある渦を巻いたような形をしており、感覚情報の統合、空間認知や学習記憶などの高次機能を担う領域です。海馬の脳波(海馬シータ波)は行動に関連して変化し、さまざまな感覚情報によって修飾され、空間の認知やナビゲーションに関係することが明らかにされています。また、海馬シータ波の周波数(6-12Hz)は走行運動と相関があることが知られていますが、実空間下での実験手法によっては相関が見られない場合があります。つまり実験手法が海馬シータ波の周波数を制御している可能性があるため、片山先生らはVR下での自由走行中における海馬シータ波の周波数について観察しました。その結果、休息中の海馬シータ波は不規則にゆらいでいますが、走行中は安定した波形に変わることが分かりました。さらに左右の海馬を同時に観察すると、休息時に同期していなかったそれぞれの脳波が走行中にはシンクロすることが分かりました。以上より、VR空間内においても海馬シータ波は走行運動と関連があることが示されました。

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VRの有用性として、マウスの行動実験におけるVRの役割について教えて頂きました。行動実験は神経疾患の評価などに用いられますが、様々な要因が行動に影響を与えるため、実験の順番や人の介入には細心の注意が必要です。一方VRが実用化されれば同一条件下であらゆる種類の実験を行うことが可能であり、さらには人の介入を最低限に押さえるメリットがあります。しかし、開発当時は壁との衝突時に実際とは異なる挙動を取ったため、片山先生は旋回補助機能アルゴリズムを適用しました。その結果、同一方向への走行を促進、運動を効果的にVR空間に反映することが可能となりました。今後の展望としては、物理シミュレーションの導入、行動実験プロトコルの開発を計画しているそうです。

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最後に、VRの研究と平行して進めている神経活動のイメージング技術開発についてお話し頂きました。細胞内のミトコンドリアに含まれるフラビンと呼ばれるタンパク質は、代謝を起こすと還元型から酸化型へと構造が変化します。神経細胞が活動を起こすと代謝が増強されるため、このフラビンを応用して開発された技術がフラビンイメージング法です。この技術は刺激を受けて活動する神経細胞を対象としていましたが、片山先生らにより睡眠時などにみられる自発的な活動をする神経細胞の観察に応用できないか研究されました。その結果、深部麻酔下または自然睡眠下問わず神経細胞の自発活動を可視化し、現在はVR技術への導入を目指されています。

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今回の講義を通して、技術刷新の重要性について痛感しました。既存の手法では必ず制限が含まれるため、今回の神経活動記録のお話のように目的の現象を観察することが難しい場面が多々あります。そのハードルをクリアするためには片山先生のようにアイデアの捻出や並々ならぬ努力と情熱が必要だと思いました。私は神経発生学を専門としており工学の内容は難解でしたが、片山先生のご講義から開発の過程に隠されたロマン溢れるお話を伺うことができ、大きな刺激を受けました。

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文責:発生発達神経科学分野 大学院生 中村 龍司
撮影:看護アセスメント学分野 大学院生 包 薩日娜

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