インフルエンザA(H7N9)のリスクをどう考えるべきか (第二報)
-押谷仁教授からのメッセージ2013-

押谷仁教授
東北大学大学院医学系研究科 微生物学分野
教授 押谷 仁

中国で発生したインフルエンザA(H7N9)によるヒトの感染の報告が続いており、確認された感染者が100人を超えた。4月5日にこのリスクをどう考えるかという視点で書いた文章を東北大学大学院医学系研究科のホームページに掲載したが、その後新たな進展があり、またこのウイルスのリスクを考える上で重要だと考えられる情報も明らかになってきているので、もう一度このウイルスのリスクについて考えてみたい。

現時点でパンデミックの起きるリスク

4月21日の時点で中国の確認された感染者は102名となり、うち20名が死亡している(1)。また一部にから人への感染が否定できないような例も見つかってきている。しかし、仮に一部で人から人への感染が起きているとしても、限定的なものであり直ちにパンデミック(世界規模の大流行)が起きる状況ではない。パンデミックが起きるためには、効率よく、かつ持続的に人から人への感染が起きることが条件となる。図に示したように、まず1人の人が複数の人に感染させるというような効率的な人から人への感染が起きる必要がある。さらに、このような効率的な感染が何代にもわたって持続的に起きることによって、ネズミ算式に感染者が増えていく状態になった時にはじめてパンデミックが起きることになる。感染者が複数の人に感染させるというような状況でなければ、パンデミックにならないし、仮に1人の感染者が複数の人に感染させても、そのような感染が何代にもわたって起きなければパンデミックにはならないということになる。すでに限定的な人から人への感染が起きているとしても、それが直ちにパンデミックになるというわけではない。2009年にH1N1というウイルスによるパンデミックが発生したが、その時には4月24日にメキシコとアメリカで最初の感染者が見つかってから間で世界の30か国以上で7000人を超える感染者が確認されていた。そのような状況と比べると、今の状況は全く異なるということになる。

今後パンデミックの起きるリスク

直ちにパンデミックが起きる状況ではないが、では近い将来にパンデミックを起こすリスクはどの程度あるのであろうか。このリスクを正確に評価することは難しいが、そのようなことが起きる可能性は十分に考えられる。国立感染症研究所が4月19日に発表したリスクアセスメントでも(2)、「パンデミックを起こす可能性は否定できない」と結論づけている。ではなぜパンデミックのリスクがあるという判断をしているのであろうか。まず、今回のウイルスの遺伝子の解析結果が中国当局から公表されている。この結果を国立感染症研究所などが解析した結果が報告されている(3)。それによると、今回のH7N9ウイルスはすでに人に対して相当程度適応してきていることがわかっている。まず、ウイルスは宿主に感染する際にまず、細胞表面のレセプターに結合する必要がある。人のインフルエンザウイルスと鳥のインフルエンザウイルスではその認識するレセプターが異なることがわかっているが、今回見つかったウイルスはすでに人のレセプターを認識するように変異している。また鳥は人に比べて体温が高く、鳥のインフルエンザウイルスはより高い温度で増殖するが、遺伝子の解析からは今回のウイルスはすでに人の体温で増殖すしやすいように変異を起こしていると考えられる。人での感染が相次いで報告されている背景には、今回のウイルスがすでに人にかなり適応しているということがあるものと考えられる。10年近くにわたり感染者が散発的に確認されている、高病原性の鳥インフルエンザA(H5N1)はこれまでに600例程度の感染者が報告されているが、それに比べるとH7N9の感染者の報告数の増加ははるかに急激である。これはH5N1には今回のH7N9に見られたような人への適応を示すような遺伝子の変異は見られず、人への感染は例外的にのみ起きているのに対して、H7N9では人への感染がより容易に起こることを示すものだと考えられる。人により適応していることが直ちにパンデミックを起こすことを示すわけではないが、パンデミックを起こすリスクはH5N1に比べても高いと考えられる。

H7N9がパンデミックを起こした場合に考えられること

現時点ではH7N9がパンデミックを起こすことが確実なわけではないが、仮にこのウイルスがパンデミックを起こした場合にどんなことが想定され、どのような対応が必要であるかを今のうちに考えておくことは、危機管理上必要なことであると考えられる。前回にも書いたように、このような事態が起きた場合に、問題になるのは病原性と感染性である。このウイルスが人から人への感染するように変化した場合、病原性や感染性が大きく変わることもあり得るが、現時点でわかっているこのウイルスの特徴からパンデミックが起きた場合に起こりうることについて考えていきたい。病原性については、すでに軽症例や無症候性感染例(感染しているが症状のない例)も見つかってきており、人に対する病原性はH5N1のように著しく高いということはないだろうと考えられる。しかし、病原性のそれほど高くないウイルスによるパンデミックであっても相当の被害が起きることはあり得る。たとえば、致死率が0.1%のパンデミックであっても、2000万人が罹患すると2万人が死亡する計算になる。わずかな病原性の違いが最終的な被害の程度を大きく左右するので病原性の見極めは慎重に行う必要がある。人から人に感染するように変化した場合の感染性についても現時点では未知数であるが、大きな懸念材料としてこのウイルスに対しては人類の大半がまったく免疫を持っていない可能性が高いということがある。少なくても過去100年間の間にH7という型のウイルスが人で大流行を起こしたことはなく、おそらく人類の大半はこのウイルスに対して免疫を持っていないと考えられる。2009年に起きたH1N1のパンデミックでは高齢者を中心に成人の多くが何らかの免疫を持っていたと考えられており、そのことがそれほど大きな被害にならなかった大きな理由だと考えられている。H7N9がパンデミックを起こした場合には、ほとんどの人が免疫を持たないことはこのウイルスの感染性や病原性に大きく影響することは十分に考えられる。一方でオセルタミビル(タミフル)やザナミビル(リレンザ)といった抗インフルエンザ薬に対しては感受性があると考えられており、このような対策を有効に使うことで被害を最小限に抑えられる可能性はある。

まとめ

現時点では中国に相次いで報告されている鳥インフルエンザウイルスA(H7N9)が直ちにパンデミックを起こす状況ではない。しかし、パンデミックを起こす可能性のあるウイルスであることは確実であり、今後の動向を注意深くみていく必要がある。実際にパンデミックを起こすかどうかも現時点ではわからないが、危機管理の観点からパンデミックを起こした場合を想定してどのような被害が起こり得るのか、それに対してどのような対応が必要かということは考えておく必要がある。

参考図 (PDF160kb)

(この文章の内容は2013年4月21日時点で公開されている情報に基づくものである。) 2013年4月22日公開

参考リンク

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