東北大学大学院医学系研究科・医学部

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「一所懸命を期する」
学び直しで得た研究者の気概

インタビュー
障害科学専攻
行動医学分野 卒業生
濱口 豊太
Toyohiro Hamaguchi
卒業年度:2004年度
卒業学位:博士(医学)
現在の職場・会社名:
埼玉県立大学大学院保健医療福祉学研究科リハビリテーション学専攻
現在の役職:教授
2020.05.29

濱口 豊太

大学院で技術と知識を学び直したい

●大学院に進学しようと思った理由を教えてください

私は1993年から作業療法士として大学病院で臨床を始めました。臨床ではリハビリテーションの業務に携わりながら、診療技術を研鑽するために先輩達と勉強会や研究会に参加していました。また、医局の医師が臨床とともに研究に励む姿を見て、私は自身にとって専門職としての研究活動が欠けていると思うようになりました。これが今で言う、学び直しの気持ちの芽生えだったかもしれません。
浅学だった私からすると、リハビリテーションで用いられていた徒手療法の幾つかと、患者をやる気にさせる先輩達はまるで名人でした。その技術は幾多の臨床経験に裏付けされたものでしたが、再現するには体得しなければなりませんでしたし、何よりも私には効能の機序がほとんど理解できませんでした。臨床では絶望的なほど技術も知識も足りないと自覚したことが、大学院で学び直そうと思った理由です。
加えるなら、大学院で研究手法を学べば、リハビリテーションの診療技術を高めるための研究を通じて有効な方法を提案したり、それらを伝達する教育活動にもつながるだろうと幼げにも思っていました。私には何かしら好奇心と向上心だけがあって、とにかくやってみようという恐れ知らずの草莽の輩だったと回想します。

●進学してみて、どうでしたか?

研究室では現・福土審教授が就任して、心身症の病態解明とその病気を薬物療法や食事療法、認知行動療法など、集学的で学際的な知見が集積されていく時期でありました。標的となった病態の一つは過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome: IBS)でした。人間が心理ストレスを感じると、脳が消化管と相互に伝達して、腹痛や便通異常を主体とする病態が生じます。一つの例ですが、患者が生活で生じたストレス体験と、その時の消化器症状とがある神経伝達様式で結びついて病態が再現されるなら、治療のためにはストレスを感じた脳か消化器症状のどちらかまたは双方を調整すればいい、というアイデアは私のその後の研究の参考になりました。
私が入学前に準備していた研究テーマは運動障害のリハビリテーションに関するものでした。私は場違いなところに来た、と思いつつも、実験を手伝いながら文献を読み、行動医学の世界にもぐり込んだと言ってよいでしょう。教室の先輩方も親切に導いてくださり、教室の中で異物の私は消化されていったとも言えます。

●研究テーマとそれを選んだ理由を教えてください

私は修士1年次の夏ごろから、教授が取り組んでいた、消化管を刺激したときの脳賦活領域や神経伝達物質を調べて、治療標的を探る基礎実験の一部を手伝うことを許されました。私はそのころ動物実験をするつもりで勉強を開始していましたが、あるとき実験の助手を務めるはずだった院生の一人が夏休みで、その期間私が代わりを務めたことがきっかけでした。結局これが博士論文までつながる研究テーマとなりました。
私にとって、ヒトや動物の大腸にバロスタットバッグを挿入して脳活動を記録し、神経伝達物質を調べ、遮断薬で反応をみることは真に未知の世界で不思議だらけで、得られた結果について討議することなどほとんどできませんでした。それでも、神経科学領域の文献を読んでいるうちにデータの解析方法と結果の解釈の仕組みが少しずつ理解できるようになりました。
つまり、私は研究テーマが選べたわけでも、自分で探し出せたわけでもありませんでした。ひたすら、心身症を学ぶことは、身体障害の患者を心身から理解して支援するためにとても重要なことだと思っていました。ですから、基礎研究でも臨床研究でも何でもチャンスがあれば取り組もうという意欲だけはあったと思います。

研究成果を医療現場に届ける気概

●研究室の雰囲気はどうでしたか?

私が研究室に入ったときは、すでに院生が10名くらいいました。それぞれが日々、調査や実験を行いながら週に1度、カンファレンスで論文抄読や研究の打合せをしていました。教授は(1)なるべくインパクトの高い雑誌を読むこと、(2)抄読する論文は5年以内の原著、(3)論文を読んで自分の参考となる箇所を見つけたらすぐにノートに記録すること、など、思い出すといろいろと院生に教示していて、私はそれらに従って論文を読みはじめました。実験やデータ解析の手法は先行研究が土台になっていることがほとんどだということは、自然に理解していったように思います。
研究室では、心身症のモデル病態の解明と治療法の開発が行われていました。世界中で報告されている新しい知見に日常的にふれ、自分たちもそのストリームの一員で、研究の成果を近い将来、医療現場に届けるという雰囲気がありました。先輩方からは、日頃の行動が毎日積み重なって確実に研究を前進させているという気概が感じられました。私は脳機能画像を撮影するために、青葉山の理学部にあるラジオアイソトープセンターでも実験をさせていただいたのですが、どの教室でも世界先端の学術を追究する様子は同質のように思えました。もちろん、最初は緊張しましたが、人間は慣れるものです。研究する分野が異なると、とても不思議で理解するために努力を要しました。ですが、2年間の修士課程が終わる頃には先輩達と同じ雰囲気をまとうことができたように思います。

頑強な研究土台

●東北大学の良いところは?

私が東北大学で勉強できて良かったと思ったのは、自分の仕事に他機関からの研究資金を得られるようになったときでした。自分が所属する機関以外の研究費を得るには、他の研究者との競争に勝たなければなりません。研究費獲得のための審査では、自分の研究がどのように社会に役立つかという視点もさることながら、研究の実行能力も査定されます。
第1の理由に、私が科研費を申請したときは、院生のときの研究が着想の基盤となっていました。従って、院生のときに書いた論文や、教授や先輩達の研究成果が文字通り礎になったわけです。よく「巨人の肩の上に立つ」と言われますが、立脚している土台がしっかりしたものでないとその後の研究は瓦解します。ですから、自分の今の立場もそうですが、東北大学での研究土台は頑強で、学位を取得できたのみならず、その次の研究活動につながっていたと実感しています。これは本当に良かったと思います。
第2に、私が学んだ行動医学の教室も当然ながら外部資金で研究費が賄われていて、毎年、教授らは研究費の申請書と報告書を作成していました。その様子から、自らの研究成果が医学の進展のどの部分を担っているのか、社会の大切な資金をいただいてそれをどれくらい還元できるのかについて、他人に分かりやすく書き示すことは、論文と同等に重要なことだと認識できました。これらはすべて現在の私の活動の手本となっています。

●現在のお仕事について教えてください。また、大学院時代のご経験はどのように活かされていますか?

私は現在、埼玉県立大学でリハビリテーション学領域を担当しています。10名くらいの院生とともに、リハビリテーション技術の開発とその臨床応用のための研究に勤しんでいます。脳卒中や運動器疾患による運動障害の病態運動学と、心理神経学の分野において注意バイアス修正法を含む認知行動療法、また、ロボティクス・リハビリテーションの分野に関わっています。もちろん、消化器心身症のリハビリテーションの研究も続けています。
博士論文を提出して、私が教授からいただいた言葉は「一所懸命を期する」でした。いろいろと注意関心が拡散しすぎてなかなか成果を上げられない私にとって、これは深く浸透して消えないものとなりました。何でも貪欲に取り込もうとしたつもりでも、研究できることは時間的にも能力的にもほんのわずかなので、一つのことに注力することの大切さを諭していただいたと思います。
現状の仕事がこんなふうに広がりきってしまってはもう申し開きもできませんが、それでも私なりに学んだことを自分の院生にも継承しているつもりです。そして、東北大学の同期や先輩たちが今では同じ大学や他大学の教授となっていて、いくつかの共同研究にも発展してきました。

●今後の目標や抱負を教えてください

卒業して15年ほど経ちましたが、これまでに私は仲間たちとともに、手指機能評価装置、上肢運動療法用双腕アームロボット、注意バイアス修正用アプリケーションなどを開発することができました。消化器心身症のためのニューラルフィードバック練習装置も開発中です。これらの臨床応用はまだこれからの課題です。今後の目標は、リハビリテーションのセラピストと患者の双方を助けるために、心身の評価と支援の技術を精度の高いものにして、一つでも多く臨床に届けていくことです。
また、今後も東北大学の教室とその仲間たちと協力して研究していきたいと思います。私の持ち場は東北大学のように大きくはありませんが、OB・OGの拠点として小さいなりに小回りを効かせて一つ一つ研究開発のサイクルを回していこうと思います。

mylife

休日はなるべく心身のメインテナンスに心掛けています。美術館に行って絵画をみたり、運動してリフレッシュしたり、好きな食べ物を食べたりしています。星陵キャンパスの周りには安くておいしい食堂がたくさんあります。ところで、星陵キャンパスは以前に比べて建物が増えました。ただ、変わらずに生協のとなりには立派な桜があります。春のまだ寒いときに咲きますが、あの桜を見ては、毎年の自分の歩みを振り返ることができます。校内をときどき散歩するのもいいものです。

写真1医学部5号館と生協の間にある桜です

PROFILE
障害科学専攻
行動医学分野 卒業生
濱口 豊太
Toyohiro Hamaguchi

2001年3月障害科学専攻人間行動学分野(現行動医学分野)修了。2005年3月医科学専攻行動医学分野修了。博士(医学)。1993年4月より帝京大学医学部附属市原病院リハビリテーション部に作業療法士として勤務後、国際医療福祉大学助手、新潟医療福祉大学准教授を経て現職。2004年日本脳科学会研究奨励賞(第31回日本脳科学会)。近著に「標準作業療法学 臨床実習とケーススタディ」(医学書院、2020年)。

●関連リンク

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夢ナビトーク>上肢のロボティクスリハビリテーション