医学部・医学系研究科の概要

東北大学医学部医学科の源流をたどれば、仙台藩が1817年(文化14年)に藩の学問所「養賢堂」から「仙台藩医学校」を独立させ、同時に施薬所(現在の大学病院に相当)を設けたことに端を発します。1872年(明治5年)に宮城県立医学所に改組されたのち、1907年(明治40年)に東北帝国大学が設立されたことを受けて、1915年(大正4年)に帝国大学医科大学として設置されました。その後も時代の変遷とともに名称や組織を変えながらも綿々と伝統を受け継ぎ、国内でもトップレベルの医学教育・研究・診療の場として発展してきました(詳しくは「沿革」を参照下さい)。同窓会名簿「艮陵(ごんりょう)」には1万7千名を超える会員が名を連ね世界中で活躍しています。

東北大学医学部保健学科の歴史は長く、1913年(大正2年)に設置された東北帝国大学医学専門部附属医院看護婦養成所にまで遡ります。その後、1953年(昭和28年)に創立された東北大学医学部附属診療エックス線技師学校、1962年(昭和37年)創設の同医学部附属衛生検査技師学校とともに、1973年(昭和48年)に東北大学医療技術短期大学部を経て、2003年(平成15年)に看護学、放射線技術科学、検査技術科学専攻の3専攻から成る保健学科が創設され、医学部の中に統合されました。

大学院の歴史としては、1955年(昭和30年)に新制の医学研究科が始まりました。大学院の重点化としては、1994年(平成6年)に医科学専攻に加えて障害科学専攻というユニークな専攻を立ち上げ、1999年(平成11年)に整備が完了しました。さらに、2003年(平成15年)に医科学専攻修士課程が設置され、2008年(平成20年)からは保健学専攻(修士課程)が設立されたところです。また、同じく2008年(平成20年)からは関係の深い部局として、医工学研究科が設置されました。
2010年(平成22年)からは保健学専攻博士課程が設置され、前期2年の課程(修士)と後期3年の課程(博士)に区分されました。
医学系研究科に所属する教員は、兼担で医学部の教育も同時に行っています。

医学部医学科は政府の「地域の医師確保対策」及び研究医枠等により、平成21~25年度にかけて35名の定員増を行い、現在は135名の学生を受け入れています。
旧帝国大学の医学部としては初めて自己推薦(AO)入試(定員15名)を導入し、東北大学医学部で医学教育を受けることを熱望する学生に門戸を広げています。また保健学科には、看護学専攻(定員70名、うちAO入試15名)、放射線技術科学専攻(定員37名、うちAO入試5名)、検査技術学専攻(定員37名、うちAO入試5名)の3つの専攻があり、研究マインドを持った医療技術者や生命科学系の研究者を育成しています。

医学系研究科では医学系の研究領域のほとんどを網羅する多彩な教授陣と優秀な研究スタッフを数多くそろえ、博士課程と修士課程を合わせて200名以上の学生を毎年受け入れています。各研究領域のエポックメイキングな研究成果が数多く生まれ、世界に向けて情報を発信し続けています。

東北大学病院は、学生の臨床教育のみならず研修医の研修の場として多くのスタッフが熱意あふれる指導に当たっています。最先端医療の実践の場としても臨床医学の多くの領域で国内をリードし、その成果を世界に問い続けています。

東北大学医学部・医学系研究科は今後ますます多くの学生や研究者を世界中から集め、有為の人材を育成し輩出しながら発展し続けます。

東北大学医学部・医学系研究科 組織構成図
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