各種奨学賞

2023年度 医学部奨学賞受賞者について

医学部奨学賞受賞者写真

金賞

東北メディカル・メガバンク機構 予防医学・疫学部門 分子疫学分野 准教授 小原 拓

周産期および小児期における疾患の予防・早期発見・治療に関する疫学研究

周産期・小児期の疾患予防・早期発見・治療のエビデンス創出のための基盤構築および成果創出を行った。
1.出生ゲノムコホートの構築および成果創出
世界初の出生三世代ゲノムコホート「三世代コホート調査」を計画し、合計約73000人のコホートを構築した。周産期の代表的な合併症である妊娠高血圧症候群に関して、各種危険因子や家系情報も考慮した予測モデルの構築に加え、胎児期の喫煙曝露が次世代の低出生体重児の増加を介した妊娠高血圧症候群リスクを増加させ、次々世代の神経発達遅滞を引き起こす可能性を明らかにした。小児のスクリーンタイムと神経発達との関連について、大規模かつ長期追跡データに基づいて、スクリーンタイムが特定の神経発達領域と関連することを明らかにした。その他、周産期・小児期の各種疾患に関して、世界初の研究デザインの特色を生かした成果の創出を推進した。
2.周産期・小児期薬物治療のエビデンス創出のための基盤構築および成果創出
周産期薬物治療の安全性評価のために、東北大学病院の診療データに基づく妊婦の抽出及び妊娠期間の同定アルゴリズム構築や、出生児に付与された傷病名のバリデーション研究などの基盤的な研究に加え、レセプトデータの活用によって、本邦では皆無であった周産期薬物治療の実態やその安全性のエビデンスを創出した。その他に、三世代コホート調査や、環境省エコチル調査、埼玉県蕨戸田市内の小中学生を対象とした調査、レセプトデータ、東北大学病院の診療データ等、様々なデータソースを活用し、周産期・小児期薬物治療に関する安全性評価基盤の構築および成果創出を進めてきた。
これまでに創出した成果は、診療ガイドラインへの引用や国際的なデータベースへの反映などを通して、周産期・小児期の疾患予防・早期発見・治療のエビデンスとして採用されている。

金賞

消化器病態学分野 講師 角田 洋一

日本人炎症性腸疾患の遺伝的特徴の解明と臨床応用

炎症性腸疾患(IBD)は主にクローン病と潰瘍性大腸炎の総称で、発症に遺伝的要因が関係する原因不明の難病である。我々は発症メカニズムの解明を通した新規治療の開発、臨床的に有用な検査の開発を目指し、主に遺伝的背景の解析を中心とした解析を行ってきた。
発症・病態にかかわる遺伝的背景の解析は、従来主に白人を中心とした解析から多くの疾患感受性遺伝子が報告されたが、同定される遺伝子多型の多くは日本人では相関を示さなかった。そこでアジア人固有の遺伝的な背景が重要と考え、日本人に最適化された遺伝子解析手法を活用し日本人IBDのゲノム解析を行った。その結果、白血球の腸管へのホーミングにかかわるRAP1Aを新たな感受性遺伝子として報告したほか、クローン病患者で染色体モザイク変異が多いことを世界で初めて示した。さらに、中国・韓国・日本の1万4千人以上の東アジア人IBD患者の国際共同ゲノム解析を行い320か所の人種横断的な感受性領域を同定した。
遺伝子解析は薬理ゲノム解析にも展開した。チオプリン製剤の重篤な副作用がアジア人に多いという人種差に注目し、日本人IBDの遺伝子解析から、重篤な副作用症例を判定するのに最適な遺伝子多型が欧米人には存在しないNUDT15 R139C多型であることを示した。遺伝子検査キットを開発し2018年に薬事承認、2019年2月から保険適応となった。最新のレセプトデータ解析ではこの検査がチオプリンの治療予後を改善していた。また、チオプリン服用中の女性が妊娠した場合、胎児がNUDT15遺伝子のリスク型であった場合に児に影響がある可能性を独自のマウスモデルで示し2世代にまたがる薬理ゲノム研究の重要性を示した。
以上のようにIBDの発症や病態形成、そして治療にかかわるさまざまなメカニズムを人種に注目した遺伝子解析から明らかにし、一部は遺伝子検査の実用化という社会実装に至った。アジア人の遺伝的背景はアジア人に最適化された治療開発につながることが期待される。

金賞

糖尿病代謝内科学分野 助教 高橋 圭

脳を基軸とした臓器連関による代謝調節機構の解明

個体の代謝を担う種々の臓器は、諸臓器を統御する機構(臓器連関)の支配下で複合的に機能している。そこで、脳を介した臓器連関によるエネルギー代謝調節機構の解明に挑んだ。
初めに、脳→末梢臓器連関による代謝制御機構の解明に取り組んだ。ストレスが視床下部―下垂体―副腎系を活性化すると、肝の時計関連遺伝子および代謝関連遺伝子の日内発現様式が変調することを発見した。これにより、ストレスが脳→肝の新規臓器連関により体内時計を修飾することが示され、ストレスによる代謝異常症の病態の一端が明らかとなった(Am J Physiol Endocrinol Metab. 2013)。
代謝異常症では脂肪細胞から種々のサイトカインが分泌され、その中には線溶系阻害因子(PAI-1)やレプチンがあるため、次にPAI-1の研究に取り組んだ。すると、思いがけずレプチンや脳と交絡する臓器連関を発見した。レプチンは脳への作用を経て食欲抑制や褐色脂肪組織(BAT)を介したエネルギー消費増加を生ずるが、PAI-1にはレプチンの脳への作用を抑制する新規作用があることを突き止め、脂肪組織→脳→BATの新規臓器連関を明らかにした(Front Pharmacol. 2020)。
インスリン作用低下についてさらに研究を進めたところ、またもやレプチンや脳を結ぶ臓器連関に行き着いた。肝インスリン作用が低下すると肝から可溶性レプチン受容体(sLepR)が分泌され、レプチンの脳への作用が阻害されることを発見し、肝→sLepR→脳→交感神経遠心路→BATの新規臓器連関を見出した。本機構は食物不足の状況で誘導されることと、この誘導が飢餓時の個体生存に不可欠であることも解明した(Cell Rep. 2023)。
一連の脳を基軸とした臓器連関は、生物が生きる仕組み(生存戦略)の理解に立脚し、代謝性疾患の病態解明や新規治療開発に直結しうるものである。

銀賞

糖尿病代謝・内分泌内科 助教 遠藤 彰

膵β細胞量の制御による糖代謝恒常性維持機構の解明

膵β細胞量は妊娠中増加し、出産後に元の量に戻るが、増加した膵β細胞がどのようなメカニズムで減少するかは不明な点が多く、我々は、このメカニズムの解明を試みた。
膵β細胞量は、非妊娠時と比べ妊娠末期に約2倍まで増加し、産後10日目には元の量まで減少する。産後膵島を解析したところ、マクロファージが顕著に増加していた。周産期のマクロファージを除去したところ、産後も膵β細胞量は減らずに維持され、低血糖となった。これより産後膵β細胞量減少にマクロファージが関与し、この過程は産後の低血糖を予防するという意義が示された。
増加するマクロファージの由来を解析したところ、産後膵β細胞でCXCL10の発現が増加し、CXCL10に対応するCXCR3陽性の単球が膵島に浸潤していた。さらなる解析で、この単球がマクロファージに分化し、産後の膵β細胞量減少に関与すること、増加するマクロファージは“eat me”シグナルを介して膵β細胞を貪食していることが明らかとなった。
最後に、CXCL10の発現が増加するメカニズムを解析した。妊娠末期膵島でセロトニンレセプターの1つであるHTR1Dの発現が上昇しており、HTR1D刺激でCXCL10の発現が増加し、またHTR1Dシグナルが膵β細胞量減少に関与することを示した。
以上の結果から、出産直前のHTR1D刺激が起点となり、膵β細胞におけるCXCL10の発現が上昇し膵島へCXCR3陽性単球が遊走、さらに遊走単球はマクロファージに分化し、貪食によって膵β細胞の速やかな除去を促進する、という膵β細胞量減少メカニズムを明らかにした。この研究成果は、糖代謝恒常性の維持機構の解明とともに、生体が本来持つ膵β細胞量調節機構、ひいては、臓器や組織の量がどのように調整されるかという、生物学的に重要な問いの解明へとつながることが期待される。

銀賞

医用画像工学分野 助教 Yuwen Zeng

深層学習による死後CT画像を用いた死因鑑別支援システムに関する研究

近年、解剖のご遺体への侵襲性や法医学者の不足を要因として剖検の実施が減少しており、その代替もしくは補助手段として非侵襲な死後画像診断が注目されている。しかし、画像診断に必要な読影の専門知識を持つ法医学者は多くない。本研究では、この死因鑑別の課題を解決するために、深層学習を用いた独自のコンピュータ支援診断(CAD)システムを提案した。とくに、死後X線CT画像を用いた溺死鑑別を対象とし、多面的な性能評価と改善を行った。
CT画像の従来解析法は、その対象が2次元断層像か3次元立体像かに大別され、前者は体軸方向情報が限定されるのに対し、後者は計算量が大きい欠点がある。そこで、3次元データの体軸情報を加味したまま2次元画像に変換する2.5次元手法を提案し、従来の2次元および3次元手法を上回る溺死・非溺死の分類性能を達成した。つぎに提案深層学習モデルの医学的妥当性を検証するため、モデルの注目領域と専門医の読影所見の一致度を検討した。その結果、高い分類性能を持つ深層学習モデルの注目領域が医学的に妥当とは限らない危険性を、世界に先駆けて系統的な分析により明らかにした。さらに、専門医の知識を導入する学習法を提案し、この妥当性問題が解決可能であることを実証し、CAD システムの信頼性向上に成功した。
これらの成果は、医用画像の正確な解析や診断に繋がる顕著な貢献である。今後は提案CAD システムを他の画像診断に適用し、広範な臨床応用へ展開する予定である。

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