各種奨学賞

2021年度医学部奨学賞受賞者について

医学部奨学賞受賞者写真

金賞

小児科 助教 菊池敦生

新規希少遺伝性疾患の概念確立

診断のつかない遺伝性疾患患者の病因遺伝子変異の同定は患者の病態理解やより良いケアの提供に重要である。我々は多数の未診断疾患患者の分子診断に従事する中で、従来の疾患の概念に当てはまらない症例に遭遇し、以下の3つの新規希少遺伝性疾患の概念を確立した。
①先天代謝異常症であるガラクトース血症の新型、GALM欠損症を発見した(Genet Med, 2019)。ミルクや母乳中の乳糖から生じるガラクトースはLeloir経路と言われる酵素群で代謝されるが、うち3つの酵素欠損による先天性ガラクトース血症が知られていた。GALM欠損症は約30年ぶりの新型としてガラクトース血症IV型と命名され、メンデル遺伝病カタログOMIMに新規疾患概念として登録された(MIM # 618881)。さらに日本人発症頻度は約8万出生に1人と推計し、遺伝性ガラクトース血症として最も頻度が高いことを明らかにした(Mol Genet Metab, 2019)。
②先天性神経疾患(痙性対麻痺、知的障害、脳梁低形成)を呈した複数家系より反復するMAPK8IP3バリアントを同定した(Ann Neurol, 2019)。神経軸索輸送関連分子JIP3をコードする本遺伝子異常による新規疾患概念としてOMIMに登録された(MIM # 618443)。
③神経学的退行を伴う未診断疾患患者からATP11A遺伝子に変異を同定し新規ヒト疾患として報告した。ATP11Aは細胞膜上の特定のリン脂質(主にホスファチジルセリン)を基質として細胞外から細胞質へ輸送する分子である。同定した変異は機能獲得性変異であり、変異タンパク質は本来とは異なる基質(ホスファチジルコリン)をも輸送するようになった。結果、細胞特性が変化し、モデルマウスに神経変性症状をきたした。すなわちATP11Aの基質特異性は細胞膜内外のリン脂質の適切な分布に重要であり、その破綻は神経疾患を生じうる(J Clin Invest, 2021)。
これら新規疾患概念の確立は、人類遺伝学の基盤となる疾患データベースの充実に資する研究と考えている。

金賞

医化学分野 講師 鈴木隆史

環境ストレス応答の分子メカニズムと生理的意義の解明

私たちをとりまく環境には生体に悪い影響を及ぼす種々のストレスが存在しているが、一方、生体は様々な環境ストレスに応答し、適応する能力を備えている。私たちは、酸化ストレスや外来異物・毒物(主として親電子性分子)に対する生体応答系の中心を担うKeap1-Nrf2系に注目し、研究を展開してきた。
Keap1の系統的な変異体の精密な解析を実施して、Keap1は複数のシステイン残基を使い分けて、多彩な環境由来ストレス、特に、活性酸素と親電子性分子を感知し、それらに対する精密な生体応答を制御していることを発見した。この感知機構は、Keap1分子中のシステイン残基に暗号化されたメカニズムであることから、このメカニズムを「システイン・コード」と命名した。
また、Keap1-Nrf2制御系が、酸化ストレス、発がん剤、異物、炎症など様々なストレスに対して、生体防御に働くことを明らかにした。特に、最近、現代の環境汚染が生体の免疫系を障害するメカニズムに関する考察を進め、Nrf2が環境汚染物質から広く免疫系を保護していることを提案した。さらに、JAXAと協力して、世界に先駆けてNrf2欠失マウスの宇宙旅行を実現させ、Keap1-Nrf2制御系が生体の宇宙ストレス応答に重要であること、また、宇宙マウスの解析が地上における健康長寿実現に貢献することを実証した。
一方、マウス遺伝学を駆使して、これまで見逃されていたKeap1-Nrf2系の制御破綻が引き起こす生理的影響の解明に挑戦し、腎臓における過剰なNrf2活性化がアクアポリン分子の機能失調などを惹起して、腎性尿崩症を引き起こすことを発見した。この成果は、今後、腎性尿崩症の病態メカニズムの理解およびその治療や予防法の開発に役立つものと期待される。このように、Nrf2は局面によって異なる生理的機能を発揮することから、「Nrf2機能の多面性」を提唱した。

金賞

遺伝医療学分野 准教授 新堀哲也

先天異常症の新規原因遺伝子同定と病態解析

ヌーナン症候群(NS)およびその類縁疾患は、低身長、先天性心疾患、特徴的顔貌などを主徴とする先天異常症候群である。東北大学遺伝科では類縁疾患のコステロ症候群、CFC症候群の原因遺伝子としてRAS/MAPKシグナル伝達経路の分子をコードするHRASおよびKRAS、BRAFを同定し、全エクソーム解析(WES)登場後には、NSの新規原因遺伝子RIT1を同定してきた。
それら経験をもとに、我々はNS以外の先天異常症においても新規原因遺伝子同定を試みた。無巨核球性血小板減少症を伴う橈尺骨癒合症(RUSAT)は、骨髄不全と前腕の回内、回外が不能となるまれな先天性疾患である。RUSAT患者および両親のWESを行い、MECOM(EVI1)にミスセンスのde novo変異を同定した。さらに2例の患者においてもMECOMにミスセンス変異を同定し、新規原因遺伝子として報告した(Am J Hum Genet 2015)。患者で特定された変異は特定の領域に集中しており、機能獲得型変異またはドミナントネガティブ変異等の可能性が示唆された。
一方、NSは既知の原因遺伝子解析を行っても20%程度の患者では変異が同定されないため、並行して新規原因遺伝子検索を継続していた。我々は臨床的にNSが疑われた患者ら28人においてWESを行い、3名にde novoのRRAS2変異を同定した。培養細胞に変異体を発現させたところ、いずれもRAS/MAPK経路を活性化していた。また、ゼブラフィッシュに変異体を導入し、受精後3日の稚魚では、角舌骨(顎の骨)の異常や体長の短縮を認め、ヒトにおける症状の一部が再現されることを示し、RRAS2をNSの新規原因遺伝子として報告した (Am J Hum Genet 2019)。
さらに、NSの類縁疾患であるコステロ症候群で同定された新規を含む3つのHRASバリアントをゼブラフィッシュに導入すると、胚の変形および稚魚の死亡率・形態異常率の上昇を認め、それらがMEK阻害剤によって軽減されることを示した(Hum Mutat 2021)。
これらの研究成果は、先天異常症の正確な診断や遺伝カウンセリングに役立ち、将来的には治療法開発の礎となりうるものと考えられる。

銀賞

漢方・統合医療学共同研究講座 助教 赤石哲也

新型コロナウイルス(COVID-19)感染症の臨床像と感染リスクに関する疫学研究

新型コロナウイルス(COVID-19)による世界的パンデミックは2021年12月現在までに日本にも200万人近い感染者と2万人近い死者をもたらした。本学では各部門および各診療科が協力して、自治体とともに鼻咽腔スワブ検査によるドライブスルー形式のスクリーニング検査会場の運営を2020年5月から開始し、2021年12月までに約1,200名の検査陽性者を含む13,000名以上の県民に検体採取を行った。被検者から聴取された患者との接触状況に関する情報をRT-PCR検査結果と組み合わせ、効率的な被検者の選定方法や二次感染予防策についての統計学的な検証を試みた。
 まず、感染期間患者との濃厚接触後の二次感染率はおよそ10%前後で、低リスク接触後の2~4%と比べて高かった。一般的なコロナウイルスと同様にCOVID-19の流行にも季節性が予想されたが、実際には気温や湿度といった環境要因からの影響は限定的で、むしろ生活様式や人流の動向から受ける影響の方が大きかった。寮などの集団生活では居住者が日ごろ実践する感染予防策により感染拡大に大きな差がみられ、入居者の半数前後にまで感染が拡大した寮もあれば、二次感染がまったく起きなかった寮もあった。学校における接触では、マスク着用や換気などの感染予防策のもと、二次感染は接触200件あたり1件ほど(約0.5%)であった。これらの解析結果を現場にどう還元するか考える際、世代ごとの死亡率や重症化率、既感染率、さらにはワクチン接種率や接種時期などを経時的に勘案する必要があった。また、同ウイルスは変異遺伝子の修復に機能するとされるnsp14遺伝子をもつにもかかわらず感染率の変化を伴う多くの変異株が断続的に出現し、ある時期までに得られたデータが次の変異株にも当てはまるとは限らなかった。アカデミアと自治体が協力して得られた疫学研究データを正確かつ迅速に現場へ還元するために必要な多くの課題も浮き彫りになり、今後検証する余地があると考えられた。

銀賞

血液内科 助教 加藤浩貴

転写因子BACH1とBACH2による造血細胞分化制御

慢性炎症や造血器疾患に伴う難治性貧血は未だに克服の難しい病態の一つです。貧血は赤血球の造血障害により起きる疾患ですが、赤血球は鉄から作られるヘムを大量に合成する特徴があります。私たちは、このヘムにより抑制されるというユニークな特徴をもつ転写因子BACH1とBACH2 (BACH因子群) が生体反応のシグナル因子として働き、赤血球造血を調整する可能性を考え研究を行いました。その結果、感染性の刺激がミエロイド系細胞(自然免疫細胞)造血の促進と赤血球系細胞造血の抑制をもたらし、同時に、未熟な造血細胞でのBACH因子群の発現を抑制することを見出しました。つづいて、BACH因子群の造血幹細胞・前駆細胞での機能を明らかにするために、BACH1とBACH2の二重欠損マウスの表現型を解析したところ、本マウスが貧血を呈し、これが赤血球系細胞とミエロイド系細胞の共通の造血前駆細胞からの赤血球分化障害によることを発見しました。さらに、網羅的遺伝子発現解析やクロマチン免疫沈降シークエンス解析から、BACH因子群はミエロイド系遺伝子の発現を抑制し、赤血球系遺伝子の発現を促進することを見出しました。これらの知見からBACH因子群による「赤血球-ミエロイド分化制御モデル」を考えました。加えて、貧血の原因となる代表的な造血器腫瘍の一つである、骨髄異形成症候群の患者検体を用いた複数のコホート解析を再解析し、本疾患ではBACH因子群の発現が低下していることを明らかにしました。
以上の結果から、BACH因子群は各種貧血病態で重要な役割を果たしている可能性が考えられました。BACH因子群による、造血細胞分化制御機構に関するさらなる研究が、難治性貧血などの造血疾患の克服につながることが期待されます。

銀賞

米国国立衛生研究所 ポストドクトラルフェロー 小林周平

脂肪酸結合タンパク質による発達期における新規T細胞分化制御および成人期のアレルギー性皮膚炎病態制御メカニズムの解明

アレルギー病態の発症は、遺伝的・環境的要因が複雑に関与する。近年、個体の栄養状態により免疫系細胞の機能が変化し、アレルギー病態に影響を与える可能性が示されているが、詳細なメカニズムについては不明な点が多く存在する。 脂肪酸結合タンパク質 (FABP)は、水に不溶な長鎖脂肪酸に結合する細胞内シャペロンであり、様々な細胞応答に重要な役割を担う。本研究で着目したFABP3は、体内の種々の細胞に広く発現しているが、免疫系細胞における発現や分子機能、ひいてはアレルギー病態との関与については何一つ明らかではない。
今回我々は、FABP3がアレルギー応答に重要な細胞であるT細胞が成熟する場である胸腺において、未成熟なT細胞(Double negative 2:DN2細胞)に強く発現し、DN2細胞から皮膚炎症への関与が注目されるVγ4+γδT細胞への分化およびその機能発現を制御することを見出した。FABP3遺伝子欠損マウスでは新生児期・成長後も皮膚におけるVγ4+γδT細胞が有意に増加しており、それが原因となり接触性過敏炎の発症および病態の増悪が認められた。この結果は、母体の異常な脂肪酸摂取が、新生児期もしくは胎児期における胸腺のFABP3を介した脂質微小環境の変化を引き起こし、皮膚炎症の増悪を担う高病原性Vγ4+γδT細胞の分化・遊走および機能発現を調節することで、成人期のアレルギー性皮膚炎の発症の潜在性を左右する可能性を示唆している。
本研究成果は、母体における脂肪酸摂取量(または組成)の適切なコントロールにより、子供のアレルギー性皮膚疾患の発症や病態の増悪を防ぐことができる、という新たな予防・治療戦略の可能性を提示している。

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