各種奨学賞

2022年度医学部奨学賞受賞者について

医学部奨学賞受賞者写真

金賞

てんかん学分野 准教授 神 一敬

神経電磁気学的検査による焦点てんかんの病態解明

我々は神経電磁気学的手法を用いて、多面的に焦点てんかん、特に側頭葉てんかん(TLE)の病態解明を試みてきた。一連の研究は1. てんかん自体、2. てんかんに付随する障害に対するアプローチの2つに大別される。
1. てんかん自体:発作間欠時に関して、TLEの脳波・脳磁図同時記録を行い、脳波上、正常亜型と考えられてきた小鋭棘波の一部がてんかん性異常と同じ病的意義をもつことを明らかにした。小鋭棘波には生理的なもの(正常亜型)と病的なもの(てんかん性異常)が混在しており、両者の鑑別に脳磁図が有用である可能性が示唆された。発作時に関しては、内側TLEの発作時脳波において、デルタ帯域に始まり5~9Hzのシータ・アルファ帯域に進展する律動性活動に着目し、このパターンが海馬に限局したてんかん原性と関連することを明らかにした。発作時脳波によりてんかん原性領域の広がりを推測できることを示した重要な報告である。
2. てんかんに付随する自律神経障害:発作間欠時の障害として、焦点起始両側強直間代発作後に全般性脳波抑制を呈する焦点てんかん患者ではノンレム睡眠中の副交感神経活動が異常に低下していることを明らかにした。夜間睡眠中に起きやすいてんかん患者の予期せぬ突然死との関連において注目すべき結果である。発作時の障害については、内側TLEにおける発作時心拍増加を調べ、右起始発作の方が左起始発作よりも早く始まることを明らかにした。従来、左右TLEの自律神経系に対する影響に違いがあるか否かは議論の的であったが、対象を内側TLEに限定した本研究の結果がその論争に終止符を打った。 焦点てんかん、特にTLE患者を対象に、脳波・脳磁図・心電図を用いて、てんかん自体とそれに付随する障害を多面的に明らかにした一連の研究結果は、ネットワーク病としての焦点てんかんの病態解明に寄与するものである。

金賞

内分泌応用医科学分野 助教 廣瀬 卓男

脳・心血管・腎臓の組織発生と障害における(プロ)レニン受容体の役割

(プロ)レニン受容体[(P)RR]は血圧調節、組織障害・線維化に深く関わるレニン・アンジオテンシン系(RAS)の新たな構成因子として同定された。(P)RRはRASを介して機能する他に、液胞系の多彩なオルガネラ内部の酸性化に関与するH+ポンプ(V-ATPase)の機能維持やWntシグナル系にも関与している。我々はこの(P)RRに着目し、ヒトを対象とした臨床的研究と動物実験モデルや培養細胞を用いた基礎的検討で(P)RRが高血圧や組織傷害、発癌に関与する知見を報告してきた。
一般地域住民を対象とした家庭血圧測定を中心とする疫学研究(大迫研究)における遺伝子多型解析により、(P)RR遺伝子領域に存在する一塩基多型がヒトの血圧や脳心血管障害に関与することを明らかにした。
ヒト検体や動物実験モデルでの検討では、(P)RRが糖尿病性腎症患者の腎臓やDahl食塩感受性高血圧ラット腎臓、腎不全モデルラット腎臓、心不全モデルラット心臓等で亢進していることや、(P)RRとV-ATPaseが線維性タンパク質の細胞外輸送を制御していること、V-ATPase阻害薬であるバフィロマイシンA1により線維化が改善すること、Wntシグナル系を介し膵臓組織の癌化に関与していることも報告した。加えて、CRISPRゲノム編集技術を用いたImproved Genome-editing via Oviductal Nucleic Acids Delivery (iGONAD)法による(P)RR遺伝子改変マウス/ラットの作製にも取り組み始めている。
(P)RRに遺伝子変異を持つ家系では精神遅滞やパーキンソン症候群を発症することが報告されていたが、これらのヒト病態における(P)RRの役割は不明であった。我々は(P)RRに新たなde novo変異(c.301-11_301-10delTT)を持つ精神遅滞患者由来のiPS細胞、(P)RR floxマウス、培養細胞を用いて詳細な解析を行い、(P)RRがV-ATPaseに付随してリソソームのpHを調節することでmTORシグナルの制御し、オートファジーや細胞死を制御していることが明らかにした。
(P)RRはV-ATPaseの制御、Wntシグナル系を介して細胞の恒常性維持の一端を担っている。更なる解析により、(P)RRを介して制御されるさまざまな病態の理解や治療法開発の進展につながることが期待される。

金賞

肝・胆・膵外科 講師 水間 正道

膵・胆道がんの治療成績向上を目指した臨床・基礎研究

膵・胆道がんは難治癌であるが,これまで膵・胆道がんの治療成績向上を目指し,臨床および基礎研究に取り組んできた.
1.臨床研究
膵がん術前治療施行例において腹腔細胞診陽性は予後不良因子であることを明らかにし(Pancreatology 2020),腹腔細胞診陽性膵がんは切除先行ではなく化学療法先行の方が予後良好であることを報告した(Ann Surg Oncol 2021)。
膵・胆道がん手術の術後合併症予測因子を探索する研究を行った。術前亜鉛欠乏が膵がん切除術の術後感染性合併症のリスク因子であることを発見した(Pancreatology 2022)。また,血中プロカルシトニン値が膵頭十二指腸切除の重症術後合併症発生の早期予測に有用であることを報告した(J Hepatobiliary Pancreat Sci 2020)。
NCDデータを用いて,膵全摘術の重症術後合併症予測モデルを作成した(Br J Surg 2020).同様に,学会専門医制度認定施設や専門医・指導医の所属が膵頭十二指腸切除の手術関連死亡と相関があることを明らかにした(Surg Today 2020)。
2.基礎研究
全身蛍光性免疫不全マウスを用いて,膵・胆道がん腫瘍組織から高純度に腫瘍細胞と間質細胞を分離するサンプリングシステムを確立した(J Exp Clin Cancer Res. 2012)。Notchシグナルの異常が胆管がんの予後に悪影響をもたらし,Notchシグナル抑制が胆管がんの癌幹細胞様細胞に対し治療効果を有することを明らかにした(BMC Cancer 2016).膵神経内分泌腫瘍の原発巣と肝転移の切除検体を用いたプロテオーム解析により肝転移関連因子としてCNPY2を発見した(Oncotarget. 2018).膵がんの腹腔洗浄液中のmiR-593-3p が予後予測因子として有用であることを明らかにした(Ann Surg Oncol 2021)。

銀賞

メディカル・メガバンク機構ゲノム解析部門 助教 大槻 晃史

長鎖リードシークエンス技術を用いた日本人ゲノム解析基盤の構築

ゲノム情報に基づく個別化医療を実現するためには、一般集団における遺伝的バリアント情報を網羅的にデータベース化し、その機能的解釈を行うことが重要である。近年、短鎖リードシークエンス解析の低コスト化・高出力化に伴い、我が国を含め世界各地で大規模なゲノム解析研究が展開されている。短鎖リード解析は一塩基バリアントや比較的小さなサイズの挿入欠失の解析に長けており、収集されたこれらのバリアント情報は様々な遺伝学研究や、未診断希少疾患における疾患原因バリアントの探索にも活用されている。一方で、ヒトゲノム中に存在する比較的大きなバリアント(構造多型)を、短鎖リード解析で正確に捕捉することは難しく、特に日本人集団における解析は十分に行われていない。そこで本研究では、近年開発が著しい長鎖リードシークエンス解析を集団規模のゲノム研究に適用し、日本人一般集団におけるゲノム構造多型を網羅したバリアント・データベースを構築した。長鎖リード解析の性能を最大限に引き出し、長いリード長で高出力の解析を安定して行うためには、断片化が少なく安定した品質のゲノムDNAを用いることが重要である。そこで東北メディカル・メガバンク機構において樹立・保管されている培養細胞のひとつである活性化Tリンパ球を活用することで、世界的にも類を見ない品質の長鎖シークエンス解析を行うことに成功した。確立した手法を用いて、日本人一般集団から選定した111組のトリオからなる333人を対象に長鎖リード全ゲノム解析を実施し、挿入や欠失を含む約74,000の構造多型を同定した。また、家系情報に基づく精度検証を行った。同定された構造多型の中には臨床的表現型との関連が知られているものも含まれていた。本解析の成果として得られたゲノム構造多型データベースは、日本人一般集団における構造多型の分布を詳細に解析した事例として、既に世界各地での活用が進んでいる。今後も、様々な希少疾患原因遺伝子の絞り込みや、がん原因変異の同定への活用が期待される。

銀賞

分子代謝生理学分野 助教 高橋 宙大

寒冷感知脱リン酸化酸素-エピゲノム酵素軸による脂肪組織の褐色化と抗肥満機構の解明

近年、食生活や生活様式の変化に伴い肥満や2型糖尿病などの代謝合併症が蔓延し、画期的予防・治療法の開発が喫緊の課題である。脂肪組織は余剰エネルギーを蓄積する白色脂肪や寒冷暴露時に熱を産生する褐色脂肪など多面的作用を持つ。一方ベージュ脂肪細胞は、白色脂肪中に長期寒冷環境下誘導される熱産生脂肪細胞で、人にも存在し、刺激により誘導されることから肥満症での余剰エネルギーの異化を促進させる新規治療・予防戦略として注目されている。
我々はベージュ脂肪細胞へと運命決定されるエピゲノム機構を解明の上、この機構の抑制分子を同定し、その分子の阻害によりベージュ化が促進され、肥満・代謝異常が改善されることを示した。
詳細には、寒冷刺激により脂肪細胞に入力されるβアドレナリンシグナルをエピゲノム酵素JMJD1Aがリン酸化されることで感知し(Step 1)、その後エピゲノムを書き換える(Step 2)というステップワイズなベージュ化機構を示した (Nat Commun 2018)。また質量分析解析からStep 1のJMJD1Aリン酸化を除去するMYPT1 (調節サブユニット)とPP1β (触媒サブユニット)からなる脱リン酸化酵素複合体を特定した (Nat Commun 2022)。この脱リン酸化酵素の活性を阻害するリン酸化部位も特定し、リン酸化によるMYPT1機能抑制がベージュ化を促進させることを示した。脂肪組織特異的MYPT1欠損マウスではベージュ化が誘導され、食事性肥満や糖代謝異常の改善が認められた。加えてMYPT1-PP1βは、ミオシン軽鎖を脱リン酸化しYAP/TAZ転写共役因子を介した転写活性化を抑制することを見出し、寒冷刺激によるエピゲノム書き換えと転写共役因子を介した協奏的な熱産生遺伝子発現活性化機構を解明した。以上我々は、個体が細胞の質を変え環境に適応する際、「細胞が如何に環境刺激を感知し、エピゲノムを書き換えるか」を説明するエピゲノム機構を提唱し、環境温度を感知する脱リン酸化酵素-ヒストン脱メチル化酵素軸を標的とした新規抗肥満治療法の可能性を提示した。

銀賞

皮膚科 助教 照井 仁

皮膚細菌叢の破綻による自己免疫疾患の発症機構の解明

自己免疫疾患は、全身の臓器において自己抗体の産生を伴う慢性的な炎症をきたす疾患であり、詳細な病因や病態はまだ十分に解明されていない。近年の研究から全身性エリテマトーデス(SLE)や多発性硬化症などの自己免疫疾患の発症に、腸内細菌叢のアンバランスが関与するという報告が相次いでいる。しかしながら、皮膚の細菌叢と自己免疫疾患との因果関係について深くは検討されていない。そこで本研究では、皮膚細菌叢が自己免疫疾患の発症に関わることを検証することを目的とした。我々は上皮細胞特異的IκBζ欠損マウスの形質に着目した。IκBζは、IκBタンパク質ファミリーのひとつ属しNF-κBの転写調節を制御することでNF-κB関連遺伝子の発現を調節する。過去に共同研究にて、上皮細胞特異的IκBζ欠損マウスおよび全身でのIκBζ欠損マウスが、ヒトシェーグレン症候群に類似した抗SS-A抗体と抗SS-B抗体などの自己抗体の産生を伴う涙腺炎や眼周囲皮膚炎を自然発症することを報告した。上皮細胞特異的IκBζ欠損マウスで発症する皮膚炎について詳細に検討したところ、皮膚細菌叢解析により皮膚表面にて黄色ブドウ球菌の生着数が増加していることを見出しました。また、上皮細胞特異的IκBζ欠損マウスではSLEに特異的な抗dsDNA抗体と抗Sm抗体が上昇し、腎機能障害を呈することが判明した。このSLE特異的な自己抗体と腎機能障害は、抗菌薬投与により改善し、長期的な黄色ブドウ球菌の皮膚への塗布により増悪がみられた。この結果は、皮膚細菌叢のアンバランスがSLEの症状を増悪することを指し示す結果である。表皮細胞におけるIκBζの役割を詳細に検討したところ、黄色ブドウ球菌を塗布された表皮細胞はアポトーシスが亢進することが判明した。また、その表皮細胞のアポトーシスにより好中球が活性化し好中球細胞外トラップ(NET)を放出する。このNETにより樹状細胞が活性化し、Th17細胞からのIL-17A産生を促進し自己免疫炎症を亢進することが分かった。黄色ブドウ球菌を長期に塗布による自己免疫応答は抗IL-23p19抗体と抗IL-17A抗体により抑制された。以上より、黄色ブドウ球菌の皮膚生着による好中球の活性化とIL-23/IL-17免疫応答の促進が自己免疫炎症を惹起することが示された。

医学部奨学賞へ戻る

ページトップへ戻る