各種奨学賞
2024年度 医学部奨学賞受賞者について

金賞

生物化学分野 助教 落合 恭子
B細胞クロマチン制御による抗原特異的抗体産生機構の解明
免疫細胞であるB細胞は、抗体を産生して生体からの異物排除を促す役割がある。こうしたB細胞機能には、抗体産生細胞である形質細胞への分化、分化過程で生じる抗体の抗原特異性の向上(抗体クラススイッチ)が重要で、転写因子による遺伝子発現制御の観点からB細胞機能制御機構を解明してきた。
細胞核内には、遺伝情報をマップするDNAとこれを核内に収納するヒストンタンパク質からなるクロマチン構造がある。細胞分化ではクロマチンからの遺伝子発現が厳密に制御されていて、転写因子は特異的なDNA配列に結合して標的遺伝子の発現を制御する。転写因子BACH2は、分化前のB細胞で形質細胞遺伝子などの制御領域に結合して強固な遺伝子抑制状態であるヘテロクロマチン化している(EMBO J 2024)。B細胞が抗原で刺激されると、AKT-mTORシグナルがBACH2の核外排出とタンパク質分解を誘導し(Mol Cell Biol 2017)、BACH2標的遺伝子領域のクロマチン構造は緩む。そして、転写因子IRF4がB細胞活性化遺伝子や抗体クラススイッチ関連遺伝子の発現を活性化して抗体クラススイッチを誘導する。IRF4機能は分化進行とともに変化し、分化後期では形質細胞遺伝子を活性化したりB細胞遺伝子を抑制して形質細胞分化を誘導する(Immunity 2013・Blood Adv 2018)。そして、一連のIRF4機能にはクロマチン制御因子PC4によるB細胞クロマチン制御が重要であること(Cell Rep 2020)、BACH2機能不全は異常なIRF4機能により形質細胞分化が亢進することも示した(EMBO J 2024)。
高齢者や基礎疾患保有者では抗原特異的抗体の産生低下など抗体産生異常があり、近年ヒトでBACH2機能不全が自己免疫疾患に関連することも明らかとなった。一連の成果を基盤とし、健康増進と新たな医療戦略への発展が期待できる。
金賞

免疫学分野 准教授 河部 剛史
免疫恒常性におけるT細胞自己反応性の意義
T細胞は外来抗原に対する獲得免疫応答に必須のリンパ球である。すなわち病原体感染下、外来抗原特異的ナイーブCD4 T細胞は活性化・増殖しエフェクターT細胞へと分化し、当該病原体を生体内から排除する。感染終結後、一部の細胞はメモリーT細胞として長期に生存し免疫記憶を形成する。
このような「古典的」T細胞活性化経路に加え、受賞者は、ナイーブT細胞の一部が定常状態において自己抗原を認識することにより恒常的に準活性化状態を呈することを見出し、このように産生される細胞を「Memory-phenotype(MP)細胞」と定義づけた(Sci Immunol 2017)。そして、獲得免疫を担うT細胞にあって同細胞が自然免疫的な機序で感染防御に寄与することを発見するとともに、その鑑別マーカーを報告した(Front Immunol 2022)。
また受賞者は、MP細胞の分化機構についても取り組んできた。外来抗原特異的T細胞におけるTh1/2/17分類と同様に、MP細胞にもMP1/2/17などの細胞分画が存在する可能性を見出すとともに、うちMP1がMP細胞の自然免疫機能の主軸を担うことを発見し、その詳細な分化機構を報告した(Nat Commun 2020)。一方、MP細胞はその自己反応性から、過剰活性化により自己免疫・炎症性疾患を惹起しうることも明らかにした(Sci Adv 2024, Front Immunol 2024)。さらに、健常状態においてはMP細胞の潜在的炎症原性は制御性T細胞により抑制されていることも見出した。
以上、受賞者はこれまで一貫して新規「MP細胞」の同定、その恒常性維持機構の解明、生理的・病理的意義の究明に尽力してきた。本研究が完遂されれば、T細胞ホメオスタシスの本質的な理解のみならず、MP細胞を人為的に活性化することによる新規抗感染症治療戦略「免疫賦活化治療」の創出、自己免疫疾患の根治的治療・予防法の確立などにもつながり得るものと期待される。
金賞

リウマチ膠原病内科 講師 白井 剛志
高安動脈炎と潰瘍性大腸炎において同定した抗EPCR自己抗体を軸とした血管・腸管炎症の病態解明と臨床応用
高安動脈炎はアジア諸国に多い若年発症の大型血管炎であり、欧米では少なく本邦での研究が必要な疾患である。高安動脈炎では血管内皮に対する自己抗体が病変形成能を有することが知られていたが、対応抗原が膜蛋白であり、従来の電気泳動を用いた同定系では同定困難であった。細胞膜表面自己抗原を同定すべく構築した発現クローニング系(SARF)を用いて、プロテインC受容体(EPCR)、スカベンジャー受容体クラスBタイプ1(SR-BI)の2種を高安動脈炎の約70%で検出される主要な自己抗原として同定した。膠原病において、これらに対する自己抗体は高安動脈炎に特異的であり、高安動脈炎は自己抗体により3群に分けられ、各群が特徴的な臨床的特徴を有した。EPCRとSR-BIは血管内皮活性化を抑制し血管炎症を収束させる役割を有するが、これらに対する自己抗体が対応抗原の抑制機能を阻害し血管炎症の維持につながることが明らかになった。臨床的活用を検証すべく、自己抗体による層別化と治療反応性についての特定臨床研究にて、両自己抗体の存在が抗IL6受容体抗体使用下でのグルココルチコイド中止に関連することを明らかにした。
抗EPCR抗体陽性高安動脈炎では潰瘍性大腸炎の合併が有意に多く、原発性潰瘍性大腸炎においても抗EPCR抗体が約70%で陽性となった。消化器内科との国際共同研究にて、人種を超えて潰瘍性大腸炎の77.2%に抗EPCR抗体が検出され、疾患活動性と相関することが明らかになった。両疾患は、合併症や遺伝的リスクも共有することから、高安動脈炎における腸内細菌叢異常の検討を行い、生活習慣が異なる中国と同様の腸内細菌叢異常が存在すること、さらに感染性心内膜炎といった合併症へ関与することも明らかにした。抗EPCR抗体を軸とする腸管-血管連関の知見を深めることで、新規疾患概念や臨床評価法の確立につながることが期待される。
金賞

医化学分野 准教授 関根 弘樹
細胞外環境変化に対する応答・調節の分子機構解析
生命は環境からの撹乱要因に適応し、恒常性を維持することが重要である。この機構が破綻すると、疾患や老化現象が引き起こされる。私はこれまで、低酸素応答を担うHIFやダイオキシン応答を担うAhR、酸化ストレス応答を担うNRF1/NRF2といった転写因子群の作動メカニズムを解明し、恒常性維持機構を転写制御の観点から研究してきた。
研究を進める中で、撹乱要因が長期に持続する場合の生体応答が十分に理解されていないことに気がついた。慢性的な低酸素が生体に与える影響を、炎症を指標として調べたところ、腎性貧血モデルマウスで腸炎の重篤化が認められ、この炎症応答は、既存のHIF-PHD経路とは独立していることがわかった。さらに、慢性低酸素状態では活性型ビタミンB6(PLP)が著減することを発見した。これは、PLPを合成する酵素PNPOが酸素感受性であり、低酸素下でその機能が抑制されるためである。PLPの低下は、抗炎症作用や抗酸化作用を持つ超硫黄の産生を抑制し、リソソーム活性低下や炎症性サイトカインの発現亢進を引き起こした。
これらの成果は、PNPOが新規酸素センサーであり、PLPと超硫黄がそのエフェクターとして働くことを示している。本研究は、代謝を介した酸素感知の新たな概念を創出し、低酸素応答の理解を深める重要な知見となった。がんやその他加齢性疾患において、組織レベルで慢性的な低酸素状態が引き起こされる。今後はこれら疾患における低酸素と、PLPならびにその下流代謝物に着目し疾患成立機序の解明と、治療介入方法の開発に焦点を当てて研究していく予定である。
銀賞

遺伝医療学分野 助教 阿部 太紀
RASプロテオスタシス破綻に伴う遺伝性難病発症機序の解明
RASopathiesとは、細胞の増殖や分化を制御するRAS/MAPKシグナル伝達経路の関連分子への生殖細胞系列遺伝子変異により発症する遺伝性先天奇形症候群の総称である。LZTR1はRASopathiesの1つであるNoonan症候群の原因遺伝子であり、様々ながんでも遺伝子変異が報告されている。本研究では、LZTR1の生理学的な機能であるユビキチン修飾反応に注目してRAS/MPKシグナル伝達経路への影響を解析した。
解析の結果、LZTR1はがん原遺伝子産物RASのユビキチン・プロテアソーム経路を介したタンパク質恒常性(プロテオスタシス)を制御していることが明らかとなった。また、LZTR1は複数のRAS subfamily分子のプロテオスタシスを制御することも示された。RAS subfamilyは、がんの約30%で同定される重要な因子である。LZTR1遺伝子欠損の解析から、LZTR1欠損はRAS依存的な上皮間葉転換と細胞外マトリックスのリモデリングを介して腫瘍増殖や腫瘍転移を促進することが示された。世界初のLztr1変異マウスの解析により、この変異がRASプロテオスタシスの破綻とRAS subfamilyの生体内異常蓄積を誘発し、Noonan症候群患者と類似の表現系を呈することが明らかとなった。さらに、LZTR1変異依存的な心肥大はMEK1/2阻害剤により改善することも示された。
従来、RASの活性制御はGTP/GDPサイクルによって制御されるという概念が通説であったが、本研究によりRASの量的変化がRASやMAPKの活性化を制御するという新規概念を確立した。これにより、RASプロテオスタシスの破綻はがんやRASopathiesの疾患発症原因であることが明らかとなり、RAS関連疾患の治療法開発における重要な知見となることが期待される。
銀賞

循環器内科 助教 佐藤 大樹
心不全・肺高血圧症の肺血管機能の解明と新規治療法の発見
心不全は、左右の心室と肺動脈が複雑に関わる病態である。左心機能と肺血管機能の異常を併発したニース分類2群にあたるGroup 2 PHでは、肺血管抵抗の上昇が予後不良因子とされているが、治療方針が未確立である。そのため、我々は臨床・基礎の両面から肺血管機能に関する研究を行ってきた。
Group 2 PH症例は労作時に症状が悪化し、肺高血症が悪化するため、基礎研究により心負荷における肺血管機能の意義を探索した。ラットへの長期的カテーテル留置法を確立し、運動時の血行動態評価というニーズを解決するモデルを開発した。またGroup 2 PHに合併するメタボリックシンドロームが、ミトコンドリア酸化ストレスを増加させ、血管の弛緩において中心的な役割を担う可溶性グアニル酸シクラーゼ(soluble guanylate cyclase: sGC)を低下させることを発見した。このsGCの低下が肺動脈機能障害を惹起し、運動時の血行動態の悪化に関与することを明らかにした(Circulation, 2021)。
次に、肺血管機能の予備能を評価するNO吸入負荷試験に着目し、臨床研究により、NO負荷検査を受けたGroup2 PH症例を後ろ向きに解析した。左心系に予備能がない場合はNO吸入負荷により肺動脈楔入圧が上昇し、予後不良であることを発見した(ESC Heart Failure, 2023)。
また、日本肺高血圧・肺循環学会(JPCPHS)と連携したJAPAN PH registry(JAPHR)におけるGroup 2 PHの研究グループを主導している。同研究は、肺高血圧症・心不全に専門性を有する全国18大学による前向き多施設共同研究であり、心不全における肺血管機能異常に焦点をあてた初めての大規模レジストリーである。肺血管機能異常を有する症例の特徴や予後を解析し、2025年に中間報告を発表予定である。
また日本肺高血圧学会と連携し、本邦での主要肺移植施設から東北メディカル・メガバンクに検体を集約するJPCPHS-ToMMoバンキング事業を立案し、研究責任施設として活動している。
このように、肺血管機能障害を起こす分子機序を基礎研究によって探求し、その発見を実臨床に活かすべく、学会活動と連携した全国レジストリーと肺組織検体バンキング事業に取り組んでおり、Translational researchを目指した研究活動を行っている。
銀賞

糖尿病代謝・内分泌内科 非常勤講師 菅原 裕人
生体内における細胞増殖を同一個体で経時的に観察できる高感度手法の樹立
これまで生体内の細胞増殖を経時的に観察するには、各時点で動物から臓器を摘出し解析する必要があり、動物など多大な実験資源を必要としていた。本研究では、一個体で簡便かつ高感度に細胞増殖を観察する新規手法として、Cre recombinaseの作用した細胞のみでKi67プロモータ制御下に分泌型のルシフェラーゼが発現し, 血中へ分泌される細胞増殖モニターマウスを開発した。このマウスを標的細胞特異的にCre recombinaseを発現するマウスと交配することで、複数種類の細胞増殖の経時的検出を可能にした。
まず、体積が大きく、高い増殖能をもつ肝細胞増殖の観察でこのシステムを検証した。albumin promoter-Creマウスと交配した肝細胞増殖モニターマウスでは、肝部分切除後の再生過程において、少量の採血サンプルにおけるルシフェラーゼ活性を測定することで、肝細胞増殖の経時的な変化を簡便に観察することができた。この肝細胞増殖の経時的変化は従来の組織学的解析によって得られた結果と一致していた。
次に、膵β細胞に適応するため、insulin promoter-Creマウスとの交配を行った。我々の研究グループで以前に明らかにした臓器間ネットワークによる膵迷走神経刺激、高脂肪食負荷による肥満誘導、妊娠モデルそれぞれにおいて、膵β細胞増殖の程度に応じた血中ルシフェラーゼ活性の上昇を鋭敏に検出できた。また、新生仔期マウスの解析により、出生後4-5 週程度までの膵β細胞増殖の経時的変化を観察し、この幼若期の膵β細胞増殖が明期に活発であるという日内変動を明らかにした。
さらに、単離した膵島細胞を用いた培養実験では、増殖誘導因子添加による培養上清中のルシフェラーゼ活性の顕著な上昇を検出し、in vitroでの増殖誘導因子探索にも有用性を示した。
これらにより、in vivo、in vitro両面から、膵β細胞増殖誘導因子の探索を飛躍的に効率化した。この手法の開発は、膵β細胞量を増加させる糖尿病治療薬の開発に直結するものである。
加えて、Creマウスのプロモータ選択により、他の細胞種にも適用可能である。これにより、種々の傷害からの組織の回復過程の検討やがん治療薬の効果検証など、幅広い生命科学領域への応用が広がると期待される。