各種奨学賞
2025年度 医学部奨学賞受賞者について

金賞

発生発達神経科学分野 講師 吉川 貴子
脳発生過程のモータータンパク質機能不全による小頭症発症機構
小頭症とは、新生児の頭囲が小さい状態で、胎児期の脳発生・発達不全が原因とされる。脳は胚発生の早期から形成が始まり、神経幹細胞が増殖して神経細胞に適切に分化することで発達する。小頭症の原因として子宮内感染症や遺伝子異常などが知られているが、病態の全容解明には至っていない。
受賞者は、モーター分子KIF23に注目し、マウス胎仔脳においてKIF23が分裂期の神経幹細胞で紡錘体に局在することを示した。KIF23の胎仔脳における機能を生体内で調べるため、子宮内電気穿孔法により神経幹細胞内でKIF23の機能阻害を行った。その結果、神経幹細胞の分裂面は垂直面をとる対称分裂から水平面をとる非対称分裂へと偏り、神経幹細胞は早期に神経細胞へ分化しやすくなることが明らかになった。また細胞分裂に失敗して神経細胞へと分化した細胞は、細胞死(アポトーシス)へ向かうことが示唆された。加えて、ヒトの小頭症患者で同定されたKIF23遺伝子の変異が、小頭症を引き起こす原因かを調べるため、KIF23機能阻害マウスにおいて、ヒト正常型KIF23とヒト小頭症変異型KIF23を強制発現させた。正常型KIF23は、KIF23機能阻害による異常な神経細胞分化を回復したが、変異型KIF23では十分な回復が認められなかった。この結果から、KIF23の遺伝子変異が、適切な脳の発生発達を妨げ、脳構築に必要な細胞数が確保できずに小頭症の原因となりうることが強く示唆された。本研究成果は、EMBO journalに掲載され、2025年1月16号(44巻2号)の表紙に選出された。
本研究は、KIF23の胎仔脳という生体環境での新規役割を明らかにし、特定のKIF23遺伝子変異がヒト小頭症に直結し得ることを示した。現在、小頭症の治療法は確立されておらず、治療困難な疾患への遺伝子治療がより発展すれば、小頭症の治療の標的として役立つことが期待される。
金賞

臨床障害学分野 准教授 鈴木 直輝
希少難治性筋疾患に関する病態研究と治療開発
希少難治性筋疾患は患者数が少なく治療開発が困難とされてきた。そのうちの一つ、GNEミオパチーは10代後半から30代に発症し、体幹から離れた部位から筋萎縮が進行する遺伝性筋疾患である。シアル酸合成酵素をコードするGNE遺伝子の異常によりシアル酸が欠乏することが病態の本質である。東北大学病院では2010年より世界に先駆けて医師主導第I相臨床試験を開始し、シアル酸の一種であるアセノイラミン酸の安全性を確立した。全国5施設による多施設共同研究として第II/III相試験を展開し、プラセボ対照二重盲検試験において有効性を証明した。2024年3月に製造販売承認を取得し、同年12月より国内処方が可能となった。15年の歳月をかけ、産学官と患者会の連携により世界初の治療薬開発を達成した。
ジスフェルリン異常症では、200家系を超える日本人症例の遺伝型-表現型相関を明らかにし、細胞膜修復機構の異常に着目してAMPK複合体の活性化が膜修復を促進することを発見した。封入体筋炎においては全国規模の疫学調査を実施して日本人の臨床像を明らかにした。アクチビン受容体に対するモノクローナル抗体の国際共同治験に参画するとともに、患者由来筋細胞の培養系で筋細胞自律的な病態機序を見出した。骨格筋萎縮の分子機序研究では、プロテアソーム機能阻害マウスモデルを解析し、p53が骨格筋幹細胞の維持に重要であることを明らかにした。さらに筋萎縮性側索硬化症(ALS)研究ではiPS細胞技術を活用し、ALSの病的バリアントによる軸索形態異常を改善する鍵分子を同定した。
希少難治性筋疾患の病態解明から治療開発までを一貫して進めるトランスレーショナルリサーチを推進してきた。特にGNEミオパチーに対するアセノイラミン酸の開発は、ウルトラオーファン疾患における治療薬開発の新たなモデルケースとなった。今後はリハビリテーション医学に視野を拡げ「難病や障害の克服とそれに向き合う人と社会のためにできること」を追求する。
金賞

分子代謝生理学分野 准教授 米代 武司
脂肪組織が持つ代謝的柔軟性の制御機構と生理的意義の解明
脂肪組織は、環境に応じて形態や代謝特性を変化させ、生体の恒常性維持に寄与する。例えば褐色脂肪組織(BAT)は、寒冷刺激に応じて活性化して熱産生を行い、体温とエネルギー代謝を調節する。ヒトでもBATはエネルギー消費に寄与するが、加齢に伴い退縮し、これが生活習慣病の一因になる。逆に、慢性寒冷刺激によりBATを増量すると肥満やインスリン抵抗性が改善する。BATの代謝調節分子基盤や細胞運命決定機構の詳細には不明な点が多い。
BATは分岐鎖アミノ酸(BCAA)を活発に消費し、熱産生を支持することを見出し、ミトコンドリアトランスポーターを同定した(Nature 2019, Elife 2021)。しかし、BCAA利用による全身代謝調節は、エネルギー消費活性のみに依存しなかった。すなわち、BATではBCAAを材料として酸化ストレス制御に関わる代謝物が産生され、肝臓などのインスリン感受性を制御した(Cell 2024)。このようなBATの働きには大きな個人差がある。BAT活性に見られる個人差の規定因子を探索したところ、受精の時期が寒冷期であると成人後もBAT活性が維持されやすく、肥満しにくいことを見出した(Nat Metab 2025)。これらは、エピゲノム情報の世代間伝搬と代謝疾患リスクへの関与を示唆しており、受精前プログラミング(Pre-fertilization Origin Health and Disease: PfOHaD)仮説として提唱した。エピゲノムは白色脂肪組織の代謝的柔軟性にも関与していた。白色脂肪細胞の分化にはヒストン脱メチル化酵素JMJD1Aを介したグルコース感知が必須であり、ヒトWATのJMJD1A発現量と肥満関連血中パラメータの逆相関した(Cell Rep 2024)。
以上のように、脂肪組織の柔軟な環境適応能力とその制御機構が明らかになった。今後、新たな生活習慣病予防法の確立に役立つことが期待される。
銀賞

SiRIUS 医学イノベーション研究所(兼務・糖尿病代謝内分泌内科) 講師 川名 洋平
光遺伝学的迷走神経刺激による膵β細胞増殖の誘導
糖尿病では1型・2型ともに膵β細胞量が減少するため、これを増やすことが根治療法として期待される。以前に、所属研究室の研究により、肝臓―求心性内臓神経―脳―遠心性迷走神経―膵臓からなる臓器間神経ネットワークが膵β細胞増殖を誘導することが示されていた。しかし、糖尿病治療の開発のためには、膵臓に投射する迷走神経の活性化のみでインスリン分泌亢進や膵β細胞増殖が誘導されるかを検証する必要があった。
そこで、マウスの膵臓に投射する迷走神経を刺激する新しい光遺伝学的手法の開発を目指した。まず、遠心性迷走神経であるコリン作動性神経特異的に光活性化受容体チャネルロドプシン2(ChR2)を発現させ、青色光照射で迷走神経を活性化できるChAT-ChR2マウスを作製した。次に、横隔膜下食道表面の迷走神経に光ファイバーを留置する手術法を考案し、自由行動下での迷走神経刺激を可能とした。本法による急性刺激では糖応答性インスリン分泌が亢進し、2週間の慢性刺激では膵β細胞量の増加を認めた。しかし、膵臓以外の腹腔内臓器の迷走神経も刺激されると考えられた。
そこで、膵選択的な迷走神経刺激を目的として、近赤外光照射で青色光を発するランタニド粒子を膵内に留置する近赤外光法を開発した。本法では体外照射された近赤外線が生体を透過することにより膵迷走神経のみを刺激できた。急性刺激では糖応答性インスリン分泌が亢進し、2週間の慢性刺激では膵β細胞量の増加を認めた。さらに、膵β細胞を破壊したマウスで慢性刺激を行ったところ、膵β細胞が増加し8週間にわたって血糖上昇が抑制された(Nature Biomedical Engineering, 2024)。
このように、独自に開発した光遺伝学的手法を用いて、迷走神経刺激による膵β細胞の質的・量的な亢進を世界で初めて実証した。また、この成果は、生体に備わる仕組みを利用した世界初の膵β細胞増量治療の開発につながると期待される。
銀賞

免疫学分野 助教 田山 舜一
T細胞免疫における超硫黄代謝の役割解明
硫黄元素は、電子を効率的に授受する性質を有しており、酸化還元反応において中心的な役割を担っている。近年の分析技術の発展により、硫黄原子が複数個連結した分子群である「超硫黄分子」が生体内に存在することが明らかとなった。超硫黄分子は、ミトコンドリアにおけるエネルギー代謝や、タンパク質の酸化防止および機能制御など、多岐にわたる生理機能に関与しており、新たなレドックス制御因子として注目を集めている。
これまでに、マクロファージなどの自然免疫系における炎症反応が超硫黄代謝によって抑制されることが示されている一方で、獲得免疫系におけるその役割は未解明であった。そこで本研究では、獲得免疫系の中核を担うT細胞に着目し、超硫黄代謝の機能解析を行った。
超硫黄分子の主要な産生酵素であるシステイニルtRNA合成酵素2(CARS2)のヘテロ欠損マウスを用いて解析した結果、超硫黄代謝は、定常状態下において加齢に伴う大腸組織への活性化CD4 T細胞の蓄積を抑制し、免疫恒常性の維持に寄与することが示された。またリンパ球減少状態においては、CD4 T細胞の細胞増殖を抑制することで、大腸炎の発症に対して抑制的に作用することが示された。さらに、データベース上の炎症性腸疾患患者(クローン病患者)の大腸組織由来細胞の遺伝子発現プロファイルを再解析したところ、クローン病患者のCD4 T細胞では、対照群と比較してCARS2の発現が低下しており、ヒトにおいてもT細胞における超硫黄代謝の機能低下が大腸炎の発症と相関することが明らかとなった(Front Immunol, 2025)。
加えて、本学呼吸器内科学分野との共同研究によりアレルギー性喘息においても炎症抑制効果を有することを報告している(bioRxiv, 2024)。現在は、多発性硬化症をはじめとする自己免疫疾患に着目し、免疫系における超硫黄代謝の機能解明を進めており、その分子原理の理解を通じて医学の進歩に貢献できればと考えております。
銀賞

腎臓・高血圧内科 医員 渡邉 駿
腸内細菌叢への介入による新規慢性腎臓病治療法の臨床開発
慢性腎臓病(CKD)の患者は1400万人を超えなお増加している。現在34万人いる透析患者の医療費は年間1兆5000億円を越え医療財政を圧迫している。しかしCKDの進行を抑える治療薬はSGLT2阻害薬など選択肢は少なく、CKD診療において新規治療薬が切望されている。
我々は便秘がCKDの発症・進行と関連し、CKDもまた便秘を起こしやすいという臨床の視点から発想を得て腸と腎臓の相互関係である「腸腎連関」をCKD治療に応用する研究を推進してきた。その中で腎不全モデルマウスを用いた実験から慢性便秘症治療薬ルビプロストンやリナクロチドがCKD進行抑制効果を持つ可能性を示した(JASN 2015, NDT 2019)。
本研究では慢性便秘症治療薬ルビプロストンをCKD治療へ応用するヒトを対象とした初の第Ⅱ相臨床試験の解析を行った。そしてルビプロストンがeGFRの低下を有意に抑制するというCKD治療において極めて重要な結果を明らかにした。
さらに当該臨床試験で得られた血液・尿・便検体を用いて、代謝物と腸内細菌叢を網羅的に解析した。その結果、ルビプロストンが腸内細菌叢を介してポリアミンの一種であるスペルミジン産生を高め腎不全の進行を抑制するというこれまで知られていない新規の作用機序を提示した。さらに「腸内細菌—ポリアミン—ミトコンドリア連関」という、CKDの治療標的となりうる新たな概念を打ち出した(Sci Adv 2025)。
本研究はトランスレーショナルリサーチを実践したものであり、現在、より効果的なアプローチで社会に導出できるよう第Ⅲ相試験の研究デザインの検討に着手している。
この研究の成果として今後腸内環境の変容によるCKD進行抑制という全く新しいCKD治療戦略を創出していく。