新型コロナウイルスに我々はどう対峙すべきなのか(押谷仁教授メッセージ)

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医学系研究科 微生物学分野
押谷 仁 教授

中国で出現した新しいコロナウイルス(2019-nCoV)の感染拡大が止まらない。徐々にこのウイルスの実態が明らかになってきている。まだわからないことも多く残されているが、これまでわかっていることからこのウイルスに対し日本や国際社会はどう対応したらいいのかを考えてみたい。

 まず、原因ウイルスは中国の科学者によりいち早く同定され、遺伝子配列も公開されている。その結果、2003年に世界的流行を起こしたSARSコロナウイルス(SARS-CoV)と近縁のウイルスであることがわかっている。しかし、ウイルス学的に近縁のウイルスであることは疫学的特徴が同じということを意味するわけではない。むしろ疫学的には大きな違いが見えてきている。

 2002年の11月に出現したと考えられているSARSは、感染拡大を抑えこむことができ、世界的な封じ込めに成功したことを世界保健機関(WHO)が2003年7月5日に宣言した。

この封じ込めに使われた戦略は、まず、発症した患者を徹底的に見つけ出し迅速に隔離すること、さらに患者の接触者をこれも徹底的に見つけ出して(これを接触者調査と呼ぶ)、接触者の中から発症した人が出てくればできるだけ早期に隔離するという戦略である。実は、エボラウイルスに対しても同じ戦略で封じ込めに成功してきている。

 しかし、この封じ込め戦略が使えるためには以下のような条件を満たすことが絶対条件となる。

(1)発症者のほとんどが重症化あるいは他の感染症とは異なる典型的な症状を呈すること。

(2)典型的な症状をきたさない軽症者や無症候性感染者(感染しても症状のない人)には感染性がないこと。

(3)感染者は潜伏期間や発症初期には感染性がないこと。

 SARSの場合はほとんどの感染者が重症化し、典型的なウイルス肺炎を発症したので発症者のほとんどを見つけることができたが、今回のウイルスでは軽症者や無症候性感染者がかなりの割合でいると考えられ、感染者を徹底的に見つけることができない。さらに、そのような軽症者や無症候性感染者が周囲に感染を広げる感染性を持っている可能性も否定できない。そうなると、武漢などへの渡航歴もなく武漢などからの渡航者に接触歴もない人の間で感染が広がってしまう可能性があることになる。つまり日本や他の国でやっているような方法では見つからない感染連鎖があることになる。また、SARSの場合潜伏期間や発症初期にはほとんど感染性がなく、重症化した段階でのみ感染性があったと考えられている。このために発症した人を早期に適切な医療機関に隔離すれば封じ込めをすることが可能であった。しかし、今回のウイルスは潜伏期間にも感染性があることを示唆するデータが得られてきている。そうなると発症者を早期に隔離してもその前に他の人に感染させている可能性があり、封じ込めはできないことになる。

 中国の初期対応の遅れを非難する論調が多く見られるが、おそらく武漢で流行が始まったときにSARSに準じた対策は行っていたはずである。しかしこのウイルスの疫学的特徴はSARSとは大きく異なっていた。このために「見えない」感染連鎖が広がっていて手のつけられない状態になっていたというのが実情だったのではないかと思われる。

一定のレベルまで感染が広がってしまうともう感染拡大を抑えることはできなくなる。我々は現時点でこのウイルスを封じ込める手段を持っていないということが最大の問題である。日本でも「見えない」感染連鎖が進行している可能性が現実のものとなりつつある。感染拡大が起こるという前提で国内の医療体制の整備などの対策をそれぞれの地域で早急に考えていく必要がある。

 中国国内では武漢以外の都市でも急速に感染拡大が起きつつあると考えられる。日本を含め中国以外の国でも2次感染を含む多くの感染者が見つかってきている。中国以外でも急速な感染拡大が起きることは避けられない状況になりつつある。

封じ込めが現実的な目的として考えられない以上、対策の目的はいかにして被害を抑えるかということにシフトさせざるを得ない。国際社会が協力してこの目的に向けた最善策を探っていく必要がある。その鍵を握るのは中国である。

 例えば中国の都市のいくつかは武漢から2-3週間遅れて現在感染拡大の局面を迎えようとしている。これらの都市で今何が起きているのか、どんな対策が有効でどんな対策が無効だったのかなどの情報は日本を含む各国の対応を考える上で非常に重要である。

 もはやこのウイルスは中国の国内問題ではなく、世界全体の脅威である。WHOがリーダーシップをとり、中国を重要なパートナーとして取り込んで国際社会が協力して対応していくことが求められている。中国を孤立させるべきではない。今、中国やWHOの対応を批判することは、目の前のウイルスとの戦いに何の利益ももたらさない。

 国内で感染拡大が起こると、国内に滞在する外国人でも流行が起こる可能性がある。インバウンド需要や外国人労働者は単にお金や労働力がやってくるわけではない。やってくるのは人であり、この人達にできるだけのサポートをすることも求められている。今後、アジアやアフリカの医療体制の脆弱な国々にこのウイルスが広がっていくとより大きな被害が起こる可能性もある。これらの国々をどう支援するのかという視点も必要である。

 東京オリンピック・パラリンピックへの影響を心配する前に、このグローバルな危機に際し、日本がどんな役割を果たせるのかを考えるべきである。それができないような国にオリンピックやパラリンピックを開催する資格はないと私は考えている。

 

医学系研究科微生物学分野 教授

押谷 仁

 

押谷教授メッセージ
新型コロナウイルスに我々はどう対峙すべきなのか(no.4)(2020年2月22日掲載)
新型コロナウイルスに我々はどう対峙すべきなのか(no.3)(2020年2月15日掲載)
新型コロナウイルスに我々はどう対峙すべきなのか(no.2)(2020年2月12日掲載)
新型コロナウイルスに我々はどう対峙すべきなのか(no.1)(2020年2月4日掲載)

 

 

参考記事/講演
ニューズウィーク日本版_2020年7月31日
COVID-19: Policies in Japan and Alberta_2020年7月14日(日本時間)
The Role of International Collaboration and Culture regarding the COVID-19 Pandemic_2020年7月10日
「新型コロナウイルスへの対応~日中韓の経験とベスト・プラク ティス~」2020年7月2日
Discuss Japan_2020.6.5 English, Chinese
外交専門誌「外交」Vol.61_2020年6月1日
Science_2020年5月26日
経済産業省 第3回 産業構造審議会 成長戦略部会_2020年4月30日
日本感染症学会学術講演会 特別シンポジウム_2020年4月18日
日本内科学会講演会 緊急シンポジウム_2020年4月12日
デイリー新潮
J-CASTニュース_2020年4月2日
日本公衆衛生学会クラスター対策研修会_2020年3月29日
yahooニュース_2020年2月26日
現代ビジネス_2020年2月25日

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