基礎講座の百年

1915年の勅令第115号によって、解剖学3講座、病理学・病理解剖学部1講座、薬物学1講座、生理学2講座、医科学1講座及び細菌学1講座が設置されました。現在への伝統を受け継ぐ講座の先生がたに、講座の歴史とこれからの展望をうかがいました。

脳研究を通して意識・心の謎にせまる

虫明 元|生体システム生理学分野教授

サル、げっ歯類を対象とした脳研究、更には医療機器開発研究と、非常に多岐に渡る分野から脳機能の謎にせまる生体システム生理学研究室。現在進んでいる研究や今後の展望について、虫明教授にお話を伺いました。

広がる融合領域

大学院時代はネコをもちいて睡眠の研究を行っていました。課程修了の時に丹治順先生が赴任されてから、サルを用いた霊長類での実験で運動や行動の制御に関わる脳機能に焦点を合わせた研究が始まりました。特に前頭葉の運動関連領野のはたらきを研究しました。私にとってこの時期大きく研究テーマを変更したことが 今の自分につながったと思います。
その後丹治先生が退職され、私が教授になって新たに始めたことは、脳信号計測に関わる医療機器開発を医工学の研究室と協力して活発に取り組み始めたことです。医療機器開発ということに関していえば、当研究室の2代目の教授である本川弘一先生が日本初の脳波増幅器を作成されるなど、東北大学医学部には長い歴史があります。2008年に医工学研究科ができ、医療機器開発を研究科の枠を超えて活動する土壌が整ったので、積極的にコラボレーションしています。
さらに、これまで前任の丹治先生から続けていたサルでの研究に加えて、遺伝子組み換え技術などを応用したげっ歯類を対象とした研究もスタートさせました。これも専門の知識を持っておられる他大の研究室や、生命科学研究科とコラボレーションして行っています。このように2016年現在、当研究室では、霊長類を用いた研究、げっ歯類を用いた研究、更には医療機器の開発と、非常に多岐に渡る領域における研究を様々な他分野の研究者とコラボレートしながら行っています。

心ってなんだろう。認識するってなんだろう。

昔からいろんなものに関心がありました。もちろん科学への関心は強かったのですが、実は小さいころから哲学にも興味がありました。「心とはなんぞや」とか、「認識するとは一体なんなのだろう?」っていうようなところにすごく関心があったんです。科学への興味、そして心への興味から、人間の何か本質的なことを知りたいと考えたときに、医学の道に進もうと決めました。
大学に入学してまもなく、当時田崎京二先生が第二生理におられて、そこで電気生理学の初歩の勉強をさせていただきに通っていました。脳の研究をすることが、昔からの興味に最も近づける道だと感じていたからです。また、今はもうないのですが、当時、東北大学医学部附属脳疾患研究施設というところで、コンピュータを用いた脳回路シミュレーションの研究を少しさせてもらいました。神経細胞のホジキン・ハックスレーモデルや小脳の学習モデルなどの挙動を自分でプログラムを組み、放課後片平の大型計算機センターに行って調べてみるのです。脳のモデルを自分で改変していくのが非常に面白くて夢中になりました。これらの経験が具体的に基礎研究を志すきっかけになっていると思います。

サルの「ゼロ」認識発見秘話

最近の我々の研究成果で、サルがゼロを認識している*という研究があります。最初関心があったのは、数が分かるか、ではなく、数を操作できるか?というところでした。結論として、サルも数は操作できる、足したり引いたりできたんです。では、その中にゼロを入れたらどうなるのかな、と思って試しにやってみたら、ゼロを含めてもちゃんと操作できたんですよ。さすがにゼロの認識については誰も報告していなかった。ゼロは言葉を使える人間固有の認識と思っていたところでこの発見が生まれました。この発見から、言葉や数などのシンボルを使うとはどういうことだろうと疑問がわいてきます。脳の働きは本当に不思議ですよね。その辺は今後もサルの研究を通して見ていきたいと思っています。

今後の研究について

脳の働きに関して現在注目されている分野としては社会性認知と心の働きの多様性があると思います。前者は個体の認知能力から個体間の認識へと向かう研究です。後者は多くのデータを平均して結論する共通した脳の働きから、個人の特性の違いを理解する多様性へと向かう研究です。また、個人的に現在注目しているのは、脳波、脳の中の振動現象ですね。振動現象というと、てんかんや睡眠、覚醒への関連を想起するかもしれませんが、実は脳波には超低周波から高周波までのさまざまな周波数が存在していて、脳の基本的な動作原理に深く関わりがあると考えられています。脳には多様な細胞が複雑なネットワークを構成し、そこにさまざまな振動現象が現れることが分かってきています。このメカニズムを明らかにすることで、精神疾患に新しい理解をもたらし、治療法に対する提案ができると考えています。機器開発に関しても、東北大学には伝統的にモノづくりの強みがありますので、工学系とのコラボレーションにとても期待しています。さまざまな新しい分野との協働によって、研究でも開発でもどんどん可能性を広げていきたいですね。

プレスリリース参照:http://www.med.tohoku.ac.jp/news/2856.html

[ Interview,Text : 医科学専攻修士課程 石井 若菜 2016.5]

虫明 元

生体システム生理学分野教授

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