基礎講座の百年
1915年の勅令第115号によって、解剖学3講座、病理学・病理解剖学部1講座、薬物学1講座、生理学2講座、医科学1講座及び細菌学1講座が設置されました。現在への伝統を受け継ぐ講座の先生がたに、講座の歴史とこれからの展望をうかがいました。
がんの理解に基づく新規治療法の創造を目指して
堀井 明|医学系研究科分子病理学分野教授
「がんを切らずに治す」。外科医としての経験を経て、現在がん研究に没頭し、臨床への還元に思いを馳せる堀井教授。分子病理学分野の歩みは今日も続く。
病理学教室の歴史を振り返って
病理学は「どうして病気になるのか」を明らかにする学問です。病理学第一講座の初代教授、木村男也先生の時代は年間150-300体くらいの剖検が行われ、病気になった人でどのような変化があったかが調べられていました。後任の第二代教授吉田富三先生はがん研究において吉田肉腫の発見をされ、細胞での研究を取り入れられました。三代目教授の岡本耕造先生は動物実験を取り入れられました。特に、ウサギをモデルとした糖尿病研究が有名です。遺伝的な病気の場合、動物とヒトで共通する部分を研究することで、病気の診断や治療に役立てることができます。この時代に予防まで含めた医学への進歩があったと思います。第四代教授 諏訪紀夫先生は血管系の分岐構造モデル研究をされておりましたが、学生教育には非常に熱心でした。“教授のムント(口頭試問)が一種の外傷体験(トラウマ)になる”と揶揄される程厳しかったそうです。次世代を育てることが大学の使命でもありますから。そして私の前任の五代目教授、京極方久先生が着任され、組織や動物実験に力を入れておられました。病理学では病気になった人を知るということと、実験的にメカニズムを確かめることが大切です。前者を人体病理、後者を実験病理と言うことができますが、両方が必要なのです。
独自のキャリアから見えてきたもの
高校生の時、自分が将来何をしたらいいのか明らかな人がいるけれども、そうでないケースもたくさんあります。私の場合は、天文・地球物理・化学・生物科学の領域に興味があって東京大学理学部に進学しました。ですが、大学院進学を控えて、立ち止まりました。理学部では学問的な面白さを追求するところが重要で、どのように役に立つのかはそのあとでついてくるところがあります。私は、もっと直接的に人の役に立つところに行きたいと思い、大阪大学医学部に編入学しました。理学部4年次の夏休みに行った北海道旅行で無医村が多いことを知ったことがきっかけになったかもしれません。臨床に出てからは、直接病巣に触れる魅力に惹かれ、外科医として手術に明け暮れました。その中で、がんの患者さんを救うことの難しさや、がん自体まだわからないことが多いことを痛感し、大学に戻って研究することを意識しました。当時勤めていた病院内の内科の先生に「一度は大学に戻って研究するのは頭のトレーニングになるから、是非やってきなさい」と言って背中を押してもらえたことも大きかったですね。その時はある程度がんを知ったら外科医に戻ろうと思っていましたが、“ある程度”のレベルに到達するのが難しくて、未だに到達できない現状があり、だから今も研究を続けています。
現在は遺伝子診断やPrecision medicine注1が広がっていますが、その中で、薬の効き方の違いや抵抗性を獲得してしまうような患者さんに隠れているメカニズムを明らかにして、少しでも患者さんの役に立てたい、と考えて研究をしています。
人生の岐路に立った時には
学生さんが迷った時によく言っているのは「迷った時には前にすすめ」。若いうちにはチャレンジすべきです。「あのときチャレンジしてみればよかった」という後悔は、きっと一生取り返しのつかない思いにつながると思います。しかし、チャレンジしてうまくいかなかったら「しょうがない」と諦めもつきます。また、人生で“右か左か”の選択はたくさんありますが、どっちに進んでも、その先に未来があることが多く、その時にどれだけ一生懸命考えて選択したのか、そのプロセスが大切なのです。自分の興味を大切に。やってみようかな、という気持ちを大切にしてほしいのです。今、私の研究室には学生たちがたくさん出入りしていますが、興味のある人は大歓迎ですよ。
注1: Precision medicine:遺伝子情報、生活環境やライフスタイルなどを含めた「個人の違い」を考慮し、疾病予防や治療を行うという新しい医療の考え方。これまで「個別化医療」あるいはPersonalized Medicineと呼ばれてきたが、2015年1月20日のオバマ大統領の演説で使われ、世界的に浸透してきた。
[ Interview, Text:医科学専攻博士課程 五十嵐 敬幸 2016.11]
堀井 明
分子病理学分野教授